こんにちは、大石浩之です。先日、夜の駅前を歩きました。時刻は午後10時すぎ。まっすぐ伸びる道に、人影はほとんどありません。信号だけが几帳面に色を変え、遠くにテールランプがひとつ、ふたつ。シャッターの下りた店の前を通るたび、「ここにも、昔はにぎわいがあったのだろうな」と思わずにはいられませんでした。

「なぜ、こんなに駅前は寂れてしまったのか」。今日はこの問いを、特定の誰かを責めるためではなく、原因を冷静に分けて、そのうえで「ではどうするか」まで一緒に考えてみたいと思います。

PART 1夜の駅前で、何が起きているのか

まず、これは磐田だけの話ではありません。地方都市の駅前で、シャッターを下ろしたままの店が並ぶ「シャッター通り」は、1980年代後半からすでに各地で見られる、全国的な現象です。県庁所在地クラスの駅前商店街でさえ、人影がまばらで空き店舗が目立つ、という状況は珍しくなくなりました。磐田の駅前が静かなのは「磐田が特別にダメだから」ではなく、日本の多くの地方都市が同じ流れに巻き込まれている、という前提をまず置いておきたいと思います。

そのうえで、磐田駅前の話です。駅の南口からまっすぐ北へ伸びる道は、地元のJ1クラブ・ジュビロ磐田にちなんで「ジュビロード」と呼ばれ、400mほどまっすぐ続いています。昔をご存じの方に尋ねると、「肉屋さんや洋服屋さんがたくさんあってね」「アーケードの商店街があったよ」「映画館もあった時期がある」と、にぎわっていた頃の光景が次々と語られます。ところが今は、駅前にチェーンの居酒屋が数軒、その先に商店がぽつぽつ、という具合で、人の行き来もまばら。私が夜に歩いて感じた「人影のなさ」は、決して気のせいではなく、長い時間をかけて積み重なってきた変化の、いまの姿だと言えます。

原因は、四つの流れの重なり

① 車とライフスタイルの変化週末に車でまとめ買いをする人が増え、広い駐車場のある郊外の大型店が便利に。磐田でもアピタやららぽーとができ、買い物の足が駅前から遠のいた。一人ひとりの合理的な選択の積み重ね。
② ネットへの移行スマホと通販が暮らしに溶け込み、日用品も服も家から出ずに買える。「人通りがあれば商売になる」という商店街の前提そのものが崩れた。
③ 住まいが郊外へ移った新しい家は土地が広く車も停めやすい郊外に。駅前に「夜、暮らしている人」が減り、生活の灯りそのものが外側へ移った。
④ 店主の高齢化と後継者不足一階が店・上が住まいの店舗併用住宅。後継者がいなければ貸すよりシャッターを下ろすほうが合理的。空き店舗が「流通せず固まったまま」になっていく。

つまり、駅前が寂れた原因は「市の努力不足」だけでも「商店主の怠慢」だけでもありません。車・ネット・住まい・世代交代という、いくつもの大きな流れが同時に押し寄せた結果です。原因を一つに決めつけないこと。これが、対策を考えるうえでの出発点だと私は思います。

PART 2人口は増えたのに、なぜにぎわいは減ったのか

ここで、多くの方が意外に思う事実があります。磐田市の人口は、減るどころか、長い目で見れば増えているのです。市の統計によれば、2024年3月末時点の人口はおよそ16万6千人。1980年が約14万人ですから、40年あまりで2万人以上増えた計算になります。

「人が増えているのに、なぜ駅前は寂しくなったのか」。一見すると矛盾ですが、ここまで見てきた流れを思い出せば、答えははっきりしています。増えた人口は、駅前ではなく郊外で暮らし、郊外で買い物をするようになった。市全体のパイは大きくなったのに、その人の流れが駅前を通らなくなった――これが正体です。

この「人口とにぎわいのねじれ」を理解しておくことは、とても大事です。なぜなら、「人口が増えれば駅前はまた賑わう」という発想だけでは、問題は解けないからです。必要なのは、人数を増やすことそのものより、「人の流れを、もう一度どうやって駅前へ向けるか」という設計なのです。

これまでの取り組みも、評価すべき点はある

公平のために申し添えれば、磐田市もこの問題を放置してきたわけではありません。JR磐田駅は橋上駅に生まれ変わり、南北の自由通路や南口駅前広場が整備されました。駅北では市街地再開発ビルが建ち、市は「中心市街地活性化基本計画」も策定し、まちなか再生を掲げています。こうした基盤整備そのものは、私は前向きに評価しています。

ただ、率直に言えば、ハコ(建物や道路)を整えるだけでは、人の流れは戻りきっていません。これは磐田に限らず、全国で「まちづくり三法」以降の中心市街地対策が、思うような成果を上げきれなかったことと重なります。立派な再開発ビルが建っても、その周りを人が日常的に歩く理由がなければ、夜の静けさは変わらないのです。だからこそ、次は「建てる」発想から「使われ続ける」発想への転換が要ると、私は考えます。

PART 3では、駅前をどうするか ―― 批判ではなく対案を

原因が複合的である以上、特効薬はありません。「昔のにぎやかな商店街に戻す」というのも、正直に言えば現実的ではないでしょう。買い物の主役が郊外とネットに移った以上、駅前を「買い物の中心」に戻そうとするのは、流れに逆らう発想です。私が提案したいのは、駅前の役割そのものを、時代に合わせて静かに描き直すことです。

① 「住む・働く街」に戻す駅前を買い物の街に戻すより、歩いて暮らせる街にする。空き店舗を住まいや小さな事務所、福祉・子育ての拠点に変えれば、夜も人の灯りが残る。
② 小さく、試しに始める一棟まるごとの大開発でなく、1軒・1区画から。家賃を抑えてお試し出店できる仕組みがあれば、若い人や小さな商いが入りやすくなる。
③ 歩いて楽しい道に夜も安心して歩ける明るさ、ひと休みできるベンチや小さな広場。「通り過ぎる道」から「居たくなる場所」へ。にぎわいは滞在時間から生まれる。
④ 郊外と役割を分ける郊外の大型店と張り合わない。郊外は買い物、駅前は暮らし・福祉・交流。競争でなく役割分担で、それぞれの強みを活かす。

特に私が大切だと思うのは、①の「住む場所に戻す」という視点です。空き家・空き店舗の再生は、磐田が市全体で抱える課題でもあります。駅前の上階や奥まった店舗を、移住者や若い世帯、あるいは高齢の方が安心して暮らせる住まいに変えていけば、買い物客がいなくても、そこに暮らす人の灯りが残ります。介護や福祉、相続といった分野とも、駅前再生は決して無縁ではありません。むしろ、これからの地方都市の駅前は、「商業の中心」から「暮らしと支え合いの中心」へと役割を移していくのが自然なのではないか、と感じています。

具体的に、市民の立場からできること、行政に期待したいことを整理すると、次のようになります。

ひとつ、釘を刺しておきたいこと。「とにかく大きな施設を建てれば賑わう」という発想だけは、慎重であってほしいと思います。立派なハコができても、周りを日常的に人が歩く理由がなければ、維持費だけが市民の負担として残りかねません。建てることがゴールではなく、十年後も使われ続けることがゴールです。

夜の駅前を歩いて感じた静けさは、確かにさみしいものでした。けれど、それは「終わり」ではなく、「次の役割へ移る途中」なのだと、私は受け止めたいと思います。買い物の街としての役目を一度終えた駅前が、暮らしと支え合いの拠点として、もう一度静かに灯っていく。そんな未来なら、十分にあり得ると信じています。大切なのは、誰かを責めることではなく、原因を冷静に分け、自分たちのまちの駅前に「どんな役割を持たせたいか」を、市民みんなで描き直すこと。今日のこの一文が、その小さなきっかけになればうれしく思います。

大石浩之はこう考える

駅前の静けさは「終わり」ではなく「次の役割へ移る途中」。これからの駅前は、買い物の中心から「暮らしと支え合いの中心」へ。建てて終わりではなく、十年後も使われ続ける形を、市民みんなで描き直したい。

主な出典・参考

  • 磐田市公式ウェブサイト「中心市街地活性化基本計画」「都市再生整備計画」「磐田市の人口・統計」
  • けんせつ静岡「わが街ウオッチング」磐田駅北・駅前地区再開発
  • RIETI「中心市街地のにぎわいをどうやって取り戻すか」、内閣府「中心市街地活性化の重点課題」
  • Merkmal「駅前シャッター商店街が放置される根本理由」ほか

数値や計画の内容は時点により変わります。最新の情報は必ず磐田市公式サイト等でご確認ください。