導入――たまには、がっつり書く

磐田市の人口は、もう「少し気になる数字」ではない。下がっている。しかも、これからも下がっていく前提で考えなければならない。ここをぼかして、明るい言葉だけでまちの未来を語るのは、私は違うと思う。

磐田市公式ウェブサイトの「磐田市の人口 令和8年度」によれば、2026年4月末の人口は163,593人、5月末は163,503人である。1か月で90人減った。5月の人口移動を見ると、出生66人、死亡140人、転入419人、転出435人である。出生より死亡が多く、転入より転出が多い。つまり、自然減と社会減が同時に見えている。

令和7年度を見ても、2025年4月末は164,774人、2026年3月末は163,757人だった。1年度で1,017人減っている。これは、感覚論ではない。磐田市自身が毎月出している数字である。

さらに、国立社会保障・人口問題研究所の「日本の地域別将来推計人口(令和5年推計)」の結果表1で磐田市を見ると、総人口は2020年166,672人、2025年162,834人、2030年158,107人、2035年152,902人、2040年147,363人、2045年141,538人、2050年135,644人と推計されている。2020年を100とした指数では、2050年は81.38である。約30年で2割近く小さくなるまちとして見なければならない。

ここまで数字が出ているのに、行政が市民に対して危機感と選択肢を十分に示さないなら、それは怠慢を超えて、まちの未来へのサボタージュに見えてしまう。

もちろん、人口減少は磐田市だけの責任ではない。国全体の少子化、東京圏や大都市への集中、雇用、住宅、結婚、出産、教育費、交通、医療、介護。要因は複雑である。だからといって、自治体が「全国的な流れです」と言って済ませてよい話でもない。むしろ、全国的な流れだからこそ、磐田市として何を守り、何を変え、何をやめるのかを正面から出す必要がある。

磐田市の将来人口推計
図1 社人研「日本の地域別将来推計人口(令和5年推計)」結果表1から作成。磐田市の総人口は2050年に135,644人と推計されている。

評価――問題は「減ること」より、「減る前提で語っていないこと」だ

人口が減ること自体は、ある程度避けられない。だが、避けられないことと、何もしないことはまったく違う。問題は、人口が減ることではなく、人口が減る前提でまちを語っていないことである。

磐田市の第2次総合計画後期基本計画の説明には、少子高齢化と人口減少の進行、新型コロナ、情報通信技術の進展、環境問題、自然災害、SDGsなど、社会経済情勢の変化への対応が求められていると書かれている。つまり、市自身も人口減少を課題として認識している。

では、その認識は市民の暮らしに届いているのか。ここが問題である。

人口が減るなら、学校の配置は変わる。公共施設の数も変わる。地域交通の維持も難しくなる。消防団、自治会、見守り、防災、地域行事、商店、医療、介護、空き家、農地、道路維持、水道、下水道、図書館、交流センター。すべてに影響が出る。人口減少は、遠い未来のグラフではない。地域の予定表、家計、通学路、介護の順番、施設の閉鎖、税金の使い道として現れる。

それなのに、市民には「よい話」だけが出されやすい。新しい施設、新しい講座、新しいイベント、新しい構想、新しいキャッチコピー。もちろん、それらも必要である。しかし、人口が減るまちで本当に必要なのは、明るい言葉の前に、厳しい前提の共有である。

行政が本気なら、こう言うべきだと思う。「磐田市の人口は下がっていきます。だから、すべてを今まで通りには残せません。けれど、何を守り、何を変えるかは、市民と一緒に決めます」と。

逆に、ここを言わずに、毎年の事業名だけを並べ、説明会では都合のよい資料だけを出し、将来の痛みを先送りするなら、それは市民への説明ではない。市民から判断材料を奪う行為である。強い言葉で言えば、行政によるサボタージュである。

一、人口減少を「毎月の市民資料」にしているか

磐田市は人口統計を公開している。これは当然必要であり、公開されていること自体は評価できる。しかし、数字がページに置いてあることと、市民がまちの現実として理解できることは違う。

2026年5月末の人口は163,503人。日本人は153,331人、外国人は10,172人である。外国人住民はすでに1万人を超えている。これは磐田の現実である。人口が減るなかで、外国人住民が地域の働き手、納税者、保護者、地域の一員として存在している。ここを見ないまま、古い地域像だけで話を進めることはできない。

行政は、毎月の人口を単なる表ではなく、市民向けのダッシュボードとして出すべきである。総人口、日本人、外国人、出生、死亡、転入、転出、地区別、年齢別。増減の理由を一目で見えるようにする。過去1年、過去5年、将来推計も並べる。市長定例記者会見でも、広報でも、総合計画でも、人口を冒頭に置く。これくらいやって、ようやく「人口減少を前提にした市政」と言える。

二、出生・死亡・転入・転出を分けて議論しているか

人口減少と言うと、すぐに「子どもを増やせ」となる。しかし、雑である。人口は、出生、死亡、転入、転出で動く。磐田市の2026年5月を見ると、出生66人、死亡140人、転入419人、転出435人である。出生数だけを見ても足りない。若い世代が入ってくるか、出ていくか。高齢化で死亡が増えるなか、支える人が残るか。外国人住民を地域として受け入れられるか。ここを分けなければ、打つ手も見えない。

子育て支援は必要である。だが、子育て支援だけで人口減少を止められるとは限らない。働く場所、住宅、通学、医療、保育、地域の人間関係、交通、公共施設、情報の届き方まで全部が関係する。転出を減らすなら、若い世代が「磐田に残ってもいい」と思える理由が必要である。転入を増やすなら、外から来た人が「磐田で暮らせる」と感じる受け皿が必要である。

行政が本気で人口減少に向き合うなら、「出生数を増やす」だけのきれいな言葉では足りない。どの世代が減っているのか。どの地区で減っているのか。どの転出が痛いのか。外国人住民の定着に何が必要か。高齢者の単身世帯はどこに増えているのか。そこまで分けて、市民に見せるべきである。

三、公共施設を「人口が減らない前提」で語っていないか

人口が2050年に135,644人へ下がる推計なら、公共施設は今と同じ感覚では維持できない。学校、交流センター、スポーツ施設、図書館、庁舎、公園、道路、上下水道。人口が減り、年齢構成が変わり、利用者が変わり、維持費を負担する人も変わる。

ここで必要なのは、単なる削減ではない。乱暴な閉鎖でもない。必要なのは、正直な整理である。どの施設は残すのか。どの施設は統合するのか。どの施設は地域管理へ移すのか。どの施設は民間や団体と組むのか。どの施設は使い方を変えるのか。そして、その判断をいつ、誰と、どの資料で行うのか。

いちばん悪いのは、人口が減ることを知りながら、いま困らない範囲で先送りすることである。先送りは優しさではない。将来世代への請求書である。今の市民にも、将来の市民にも、どちらにも不誠実である。

四、地域の衰退を「自己責任」にしていないか

人口が減ると、地域の担い手も減る。自治会、消防団、見守り、地域行事、子ども会、PTA、草刈り、防災訓練。これまで地域が無料または低コストで担ってきたものが、少しずつ回らなくなる。

このとき行政が「地域で話し合ってください」とだけ言うなら、それは丸投げである。地域には地域の力がある。しかし、人口構造が変わっているのに、昔と同じ役員数、同じ行事、同じ会議、同じ負担を求め続ければ、地域は疲弊する。

人口減少時代の行政は、地域活動を精神論で支えるのではなく、負担を減らす設計を出すべきである。自治会の書類を減らす。デジタルと紙を併用する。役員の仕事を棚卸しする。地区単位で共同化する。学校、企業、NPO、外国人住民、若い世代が関われる入口を作る。地域の担い手不足を「地域の問題」にして終わらせないことが必要である。

行政が公開すべき人口減少の論点
図2 人口減少を前提に、行政が市民へ先に示すべき四つの情報。

五、第3次総合計画で、痛みを言えるか

磐田市は令和9年度以降に向けて第3次総合計画を策定している。ここが分かれ道である。人口減少を正面から扱うのか。それとも、また耳あたりのよい将来像で包むのか。

私は、将来像そのものを否定しない。まちには希望が必要である。しかし、希望は現実から逃げる言葉ではない。厳しい数字を見た上で、「それでも何を残すのか」と言うから希望になる。人口が減るのに、減ることを前提にした施設、交通、学校、福祉、財政、地域活動の見取り図が出てこないなら、それは計画ではなく広告に近い。

第3次総合計画で必要なのは、明るい合言葉だけではない。人口が減る地区で何を守るのか。子どもが減る地域で学校と通学をどうするのか。高齢者が増える地域で移動と買い物と医療をどう支えるのか。外国人住民が多い地域で言葉と教育と防災をどう整えるのか。公共施設をどう縮め、どう組み替えるのか。税金をどこへ厚く入れ、どこをやめるのか。ここまで出して、初めて市民は判断できる。

対案――行政は、人口減少を隠さず、毎月説明せよ

批判だけで終わらせるつもりはない。私なら、最低限、次の五つを求めたい。

一、人口ダッシュボードを作る

総人口、出生、死亡、転入、転出、地区別、年齢別、日本人・外国人別を、毎月一枚で見られるようにする。過去1年、過去5年、将来推計も並べる。市民が「いま磐田で何が起きているか」を理解できる形にする。

二、地区別の将来見取り図を出す

磐田、福田、竜洋、豊田、豊岡だけでなく、町別、大字別の変化も踏まえ、学校、交通、買い物、医療、介護、防災、空き家の課題を地区ごとに示す。市全体の平均では、地域の痛みは見えない。

三、施設と交通を人口推計と結びつける

公共施設の維持や再編、地域交通の見直しを、人口推計と切り離して語らない。利用者数、維持費、移動手段、代替策を同じ表で出す。閉じる話だけではなく、使い方を変える選択肢も出す。

四、外国人住民を「例外」ではなく地域の前提にする

2026年5月末で外国人住民は10,172人である。これはもう例外ではない。防災、教育、自治会、医療、労働、地域行事で、外国人住民を地域の構成員として扱う設計が必要である。言葉の支援だけでなく、地域参加の入口を作るべきである。

五、3年ごとに検証し、悪ければ直す

人口減少に関する取り組みは、作って終わりではない。出生、転入、転出、地域活動、施設利用、交通利用、空き家、高齢者支援の数字を3年ごとに検証し、悪ければ直す。都合の悪い数字も出す。それが信頼である。

結論――沈黙は、まちの未来へのサボタージュになる

人口が減ることは、磐田市だけで止められる話ではない。しかし、人口が減る現実をどう市民に示すかは、磐田市の責任である。

行政が「人口は減ります。だから、全部は守れません。けれど、何を守るかを一緒に決めましょう」と言うなら、私は厳しくても評価する。市民も覚悟を持てる。地域も議論できる。次の世代にも説明できる。

しかし、人口が減ることを知りながら、明るい言葉だけを並べ、痛みを先送りし、選択肢を出さず、市民に判断材料を渡さないなら、それは行政の沈黙である。そしてその沈黙は、まちの未来へのサボタージュになる。

磐田市の人口は、下がり続けていく。その前提から逃げてはいけない。今必要なのは、夢のある言葉よりも、現実の数字である。現実の数字から逃げない行政であってほしい。市民に都合の悪いことも言える行政であってほしい。そこからしか、次の磐田は作れない。

出典(2026年7月10日確認)

※社人研の磐田市将来推計値は、同ページ掲載の「結果表1 総人口および指数(令和2(2020)年=100とした場合)」Excelの磐田市行を確認しました。人口統計や将来推計は更新される可能性があります。