導入——端末は配られた。だが、止まっている
GIGAスクール構想によって、全国の小中学校で、子ども一人に一台の学習用端末が配られた。コロナ禍を機に一気に整備が進み、磐田市でも、端末は子どもたちの手元に行き渡っている。これ自体は、大きな前進だった。けれども、私はときどき思うのだ。端末は配られたのに、その先の「活用」は、どこか止まって見える、と。
もちろん、うまく使っている場面もある。磐田市では、体調を崩して保健室で過ごす子と教室を端末でつなぎ、離れていても同級生と一緒に授業を受けられるようにする、といった取り組みも進んできた。これは、端末があってこそできる、あたたかい使い方だと思う。その一方で、全体として見れば、端末が「特別なときだけ開く箱」にとどまり、鉛筆やノートのように毎日あたりまえに使う文房具にはなりきれていない——そんな停滞の声も、あちこちで聞かれる。使いこなす学校・先生と、そうでないところとの差も小さくない。時代はすさまじい速さでAIへと動いているのに、肝心の教室での活用が足踏みしている。止まっていられないはずなのに、止まっているように見える。それが、いまのGIGAだと思う。
そこへ来るのが、「NEXT GIGA」と呼ばれる、第2期の動きである。国は、最初に配った端末が更新の時期を迎えることを受けて、基金を使い、2年ほどで全国の端末のおよそ7割を新しくする計画を進めている。2026年度は、その本格的な更新が動き出す節目にあたる。文部科学省は、次に導入する端末が満たすべき仕様の目安も示している。今回は、この更新の節目を、単なる「古くなった機械の買い替え」で終わらせず、AIを含む次の学びへ進むきっかけにできるか、という視点で考えてみたい。
評価——是々非々で見る(AIを、学びにどう入れるか)
ここからは、AIを学びに入れることについて、是々非々で考えたい。先に立場を書いておくと、私は、現場でのAIの活用にはむしろ前向きである。以前、市政のAIについて書いたときも、「AIに市長のような判断を委ねること」には慎重であるべきだが、「現場の実務を助けるAI」は積極的に進めるべきだ、という考えを述べた。学びの場でも、基本は同じだと思っている。
まず、良い・必要だと思う点である。第一に、これからの子どもたちは、否応なくAIと共に働き、暮らす世代である。だとすれば、AIを遠ざけて育てるより、正しく賢く使いこなす力を、学校のうちに育てるほうが理にかなっている。端末を「配って終わり」にせず、その先のAI活用へ進むことは、時代に対して自然な一歩だ。第二に、国も、手をこまねいているわけではない。文部科学省は、2024年(令和6年)12月に「初等中等教育段階における生成AIの利活用に関するガイドライン」を改訂し、学校で生成AIをどう扱うかの基本的な考え方を示した。「人間中心の原則」を土台に、AIに使われるのではなく人が主体であること、情報を活用する力を育てる観点が大切であること——そうした軸が整理されている。進むための足場は、すでにできつつある。
一方で、注文をつけたい点が五つある。
第一に、いちばん大事なこととして、「丸投げ・依存」は禁物である。考える前にAIに答えを出させ、それを写すだけになってしまえば、肝心の考える力は育たない。目指すべきは「AIに任せる」ことではなく、「AIを使って、自分の考えを深める」ことだ。この一線を外すと、便利な道具が、学びを痩せさせる道具に変わってしまう。
第二に、教員への支援である。ただでさえ忙しい学校現場に、「AIも活用せよ」と課題だけを積み上げても、前には進まない。どう使えばよいのかの研修、うまくいった実践の共有、そして何より、先生自身の負担を減らすためにAIを校務に使えるようにすること。現場に丸投げしない支えが要る。
第三に、格差である。家庭でのAIとの触れ方や、学校・先生による指導の差が、そのまま子どもの学びの差になってしまっては本末転倒だ。どの学校の、どの子にも、等しく機会が届くようにする目配りが欠かせない。
第四に、安全とルールである。AIに入力してはいけない個人情報があること、AIの答えが必ずしも正しくないこと、それを自分で確かめる習慣。こうした「使ううえでの作法」を、道具を渡すのと同時に、きちんと教える必要がある。
第五に、「更新すること」が目的化しないことである。端末を新しくするのはあくまで手段であって、目的ではない。新品の端末が行き渡っても、使い方が古いままなら、また同じ停滞をくり返す。大事なのは機械の新しさではなく、その先で子どもが何を学べるようになるか、である。
対案・結論——五つの提案
こうした評価を踏まえて、私は次の五点を提案したい。
第一に、NEXT GIGAの端末更新を、「買い替え」だけで終わらせず、これまでの活用の見直しとセットで進めてほしい。何がうまくいき、どこで止まっていたのかを振り返り、次の端末では何を実現するのかを、はっきり描いてほしい。
第二に、AIは「答えを出す機械」ではなく「考えを深める相棒」として使う、という指導の軸を、はっきり持ってほしい。同じ道具でも、使い方の方針次第で、学びを豊かにも痩せさせもする。その方針を、学校まかせにせず、市として支えてほしい。
第三に、教員への支援を厚くしてほしい。研修や実践の共有はもちろん、先生自身がAIを校務に使って負担を軽くできるようにすることが、結果として、子どもと向き合う時間を増やす。
第四に、家庭にも「AIとの付き合い方」を伝えてほしい。学校だけでなく、家庭でも子どもがAIに触れる時代である。うのみにしない、任せきりにしない——その姿勢を、保護者とも共有できる形で届けてほしい。
第五に、磐田のなかにすでにある良い活用例を、市内の学校へ横に広げ、その成果を市民にも見える形で共有してほしい。保健室と教室をつないだような、あたたかく実のある使い方を、一部の学校の工夫で終わらせず、まち全体の財産にしてほしい。
止まっていられないのに、止まって見える。その状態を抜け出す鍵は、新しい端末そのものではなく、「その端末で、子どもに何を学ばせたいのか」という、私たち大人の側の意志だと思う。AIを含む次の学びへ進むことは、決して危ういことではない。むしろ、正しく使う力を育てないまま子どもを社会に送り出すことのほうが、これからは危うい。だからこそ、丸投げでも、拒絶でもなく、「賢く使いこなす」を目指して、磐田の学びを一歩進めてほしい。
最後に一言。私自身、小さな仕事の現場でAIを使いながら、その便利さと、危うさの両方を日々感じている。だからこそ思うのだ。大事なのは、AIを使うか使わないかではなく、「どう使うか」を学ぶことだ、と。その学びこそ、これからの子どもたちにいちばん必要な力であり、GIGAの次に磐田が進むべき方向なのだと、私は考えている。
出典(2026年7月確認)
- 文部科学省「GIGAスクール構想」および「1人1台端末の更新(NEXT GIGA・基金による更新)」に関する案内
- 文部科学省「初等中等教育段階における生成AIの利活用に関するガイドライン(Ver.2.0)」(2024年〈令和6年〉12月)
- 磐田市のGIGAスクール構想に基づく1人1台端末の活用に関する報道(中日新聞ほか)
※国や磐田市の具体的な端末更新計画・活用方針等は変更される場合があります。最新情報は文部科学省および磐田市・磐田市教育委員会の公式情報でご確認ください。