導入——「おじいちゃんが、いない」

高齢者の暮らしに近い場所で働いていると、ときどき、切迫した声の電話がかかってくる。「うちのおじいちゃんが、いなくなってしまった」。少し目を離したすきに、家を出て、そのまま帰ってこない。認知症のある方が、ふと外へ出て、自分がどこにいるのか、どこへ帰ればいいのか分からなくなってしまう。夏の暑い日や、冬の寒い夜であれば、それは命に関わることもある。認知症の人が増えていくこれから、こうした「行方不明」は、けっして他人事ではない。誰の家にも、起こりうることである。

この問題に、磐田市は二つの仕組みで向き合っている。一つは「見守りオレンジシール」、もう一つは、まちぐるみの「高齢者等見守りネットワーク」である。どちらも、行方不明になってから大がかりに「探す」のではなく、地域のふつうの人が日常のなかで「気づく」ことで、早く見つけようという発想に立っている。今回は、この二つの仕組みを、介護の現場に近い一市民の目線で、知られているか・ちゃんと機能しているか、という視点から点検してみたい。

まず、見守りオレンジシールから。これは、認知症などで行方不明になる可能性のある、市内在住の高齢者などを、あらかじめ登録しておく仕組みである。登録は、担当の地域包括支援センターで、本人または家族が申し込む。本人の写真を用意し、登録届に記入すると、登録番号が記された「オレンジシール」を受け取る。このシールを、靴やサンダル、杖など、その人がふだんから使う身の回りの品に貼っておく。そして、もしその人が道に迷っている様子を誰かが見かけたら、やさしく声をかけ、必要に応じて警察署や、市の担当課、地域包括支援センターへ連絡する。実際に行方不明になったときは、家族が警察署に相談し、シールの番号を伝えると、同報無線やメール配信で情報が地域に周知される仕組みになっている。

見守りオレンジシールの使い方。1つ目、地域包括支援センターで本人または家族が登録し、本人の写真を用意して登録番号入りのシールを受け取る。2つ目、靴やサンダル、杖など普段使う身の回りの品にシールを貼る。3つ目、迷っている様子の人を見かけたら、やさしく声をかける。4つ目、必要に応じて警察署や市の担当課、地域包括支援センターへ連絡する。行方不明時は警察に相談しシール番号を伝えると同報無線やメール配信で周知される。
図1 見守りオレンジシールの使い方。「探す」前に「気づく」ための備え。

もう一つの見守りネットワークは、もっと面的な仕組みである。自治会連合会や民生委員・児童委員、老人クラブ、警察、消防団、地域包括支援センターといった地域の担い手に加えて、日本郵便や新聞販売店、コンビニ、電力・ガス会社、銀行や信用金庫、生協、薬局、宅配弁当の業者、葬儀社など、あわせて約80もの団体が参加している。郵便や新聞を届ける人、宅配や配達で家を訪れる人、店で接する人たちが、日々の仕事のなかで「あの家のおじいさん、最近見かけないな」「様子がいつもと違うな」といった異変に気づき、支援につなげる——そういう、まちぐるみの見守りの網である。担当は、市の高齢者支援課である。

磐田市の高齢者等見守りネットワーク。自治会連合会、民生委員・児童委員、老人クラブ、警察、消防団、地域包括支援センターに加え、郵便、新聞販売、コンビニ、電力・ガス、銀行・信用金庫、生協、薬局、宅配弁当、葬儀社など約80団体が参加し、日常の業務のなかで高齢者などの異変に気づき支援につなげる。担当は市の高齢者支援課。
図2 約80団体が参加する見守りネットワーク。日常の仕事の目が、見守りの網になる。

評価——是々非々で見る

この二つの仕組みを、是々非々で見ていきたい。

まず、良いと思う点である。第一に、「行方不明になってから探す」のではなく、「日ごろから備え、地域の目で早く気づく」という発想そのものが、理にかなっている。事前に登録し、シールを身の回りの品に貼っておけば、いざというとき、見つけた人が身元をたどれる。第二に、そのシールを、ブレスレットや衣類ではなく、靴や杖といった「ふだん必ず使う品」に貼るという工夫である。認知症のある方は、身につけるものを嫌がったり外してしまったりすることもあるが、いつも履く靴やつく杖なら、自然に持ち歩いてもらえる。現実的な知恵だと思う。第三に、約80団体という、暮らしのあらゆる場面に及ぶネットワークの広さである。行政や福祉だけでなく、郵便や新聞、コンビニといった民間の目が加わることで、見守りの網は格段に細かくなる。

一方で、注文をつけたい点が四つある。

第一に、いちばんの課題は「知られているか」である。どんなに良い仕組みでも、市民が知らなければ働かない。「オレンジシールというものがあって、貼っている人が困っていたら声をかければいい」——このことを、いったいどれだけの市民が知っているだろうか。私の実感では、まだ広く知られているとは言いがたい。気づく人を増やすには、まず仕組みそのものを知ってもらうことが要る。

第二に、登録のハードルである。本人が「自分は認知症ではない」と登録を嫌がったり、家族が「まだそこまででは」とためらったりして、いざ必要なときに登録がされていない、ということが起こりやすい。地域包括支援センターまで出向いて手続きをする手間も、迷っている家族には小さくない。必要な人が、必要なときに、無理なく登録できる入り口の工夫が要る。

第三に、「声をかける側」の戸惑いである。見知らぬ高齢者に声をかけるのは、思いのほか勇気がいる。「もし人違いだったら」「どう声をかければいいのか」とためらううちに、その人は歩き去ってしまう。仕組みを知っていても、いざとなると動けない——その距離を、どう縮めるかが問われる。

第四に、シールそのものに気づけるか、という点である。靴や杖に貼られた小さなシールは、意識していなければ目に入らない。声をかけたあとで「そういえば」と気づく程度では、遅れてしまう場面もある。シールの存在と見え方を、ふだんから市民のあいだで共有しておく必要がある。

対案・結論——四つの提案

こうした評価を踏まえて、私は次の四点を提案したい。

第一に、「オレンジシールを見かけたら、やさしく声を」という一点を、市民に繰り返し伝えてほしい。広報いわたや回覧板、公式の発信はもちろん、企業や学校を通じても、この合言葉を広げてほしい。知っている人が一人でも多くなることが、見守りの網を太くする。

第二に、登録を、認知症の相談や診断、介護の入り口とセットで案内してほしい。物忘れの相談に来た家族に、その場で「こういう備えもありますよ」とオレンジシールを紹介する。相談と備えがつながれば、登録のハードルはぐっと下がる。

第三に、声のかけ方を、具体的に示してほしい。「どちらへ行かれますか」「お家はどちらですか」といった、やわらかな一言の例を、あらかじめ示しておくだけで、いざというときに動ける人は増える。ためらいをほどくのは、たいてい、具体的な言葉である。

第四に、子どもや若い世代にも、この仕組みを知ってもらってほしい。認知症のことや、見守りシールのことを、学校で学ぶ機会があれば、まちの見守りの目は、世代を超えて広がっていく。おじいちゃん・おばあちゃんを見守るのは、大人だけの役目ではない。

認知症は、誰にでも起こりうる。そして、行方不明になった人を見つけるのは、たいてい、特別な誰かではなく、たまたま通りかかった、まちのふつうの人である。だからこそ、この「気づきの網」を、いかに広く、細かく張りめぐらせるか。仕組みはすでにある。あとは、それを市民一人ひとりの「知っている」「気づける」に変えていけるかどうかだと思う。磐田を、認知症になっても、迷っても、誰かがそっと声をかけてくれるまちにしたい。

最後に一言。私自身、認知症のある方やその家族の不安に、仕事のなかで幾度も触れてきた。「うちの親が、いつか道に迷ったら」という心配は、多くの家族が胸の奥に抱えている。そんなとき、「大丈夫、このまちには見守る目がある」と思えることが、どれだけ支えになるか。この記事が、オレンジシールという仕組みを一人でも多くの人に知ってもらうきっかけになれば、そして、まちのどこかで迷う誰かに、やさしい声がかかるきっかけになれば、うれしい。

出典(2026年7月確認)

  • 磐田市公式ウェブサイト「磐田市認知症高齢者等事前登録事業(見守りオレンジシール)」
  • 磐田市公式ウェブサイト「高齢者等見守りネットワーク事業」(参加団体・担当課など)
  • 磐田市公式ウェブサイト「いわた認知症ハンドブック」ほか認知症関連ページ

※登録方法・対象・連絡先・参加団体等は変更される場合があります。最新情報は必ず磐田市公式サイト、またはお近くの地域包括支援センター・磐田市高齢者支援課でご確認ください。