導入——「空き家に税金」というニュースに、複雑な思い
大阪府寝屋川市が、空き家に課税する「空き家税」の条例を可決・成立させた、というニュースが流れた。市の説明などによれば、賃貸や売却の予定がない、いわば使われずに眠っている市内の空き家およそ6,400戸を対象に、家屋と土地の固定資産税額の35パーセントを上乗せして課税するもので、2029年度からの課税開始を目指すという。空き家への課税は各地で検討されてきたが、市の全域を対象とするのは全国で初めてだとされる。ねらいは、眠っている空き家を売却や賃貸へと動かし、子育て世代など新しい住まい手にバトンタッチしていくことにある。
このニュースには、「固定資産税を払っているのに、その上さらに課税するのは二重課税ではないか」という批判の声もある。税理士でユーチューバーのさとうさおり氏なども、こうした立場から異を唱えていると聞く。私は磐田で小さな不動産の仕事をしている。だから、この話には正直、複雑な思いがある。所有者の負担が増えるのを、手放しで歓迎はできない。それでも、結論から先に書いておきたい。私は、空き家への課税は「やむなし」であり、「一理ある」と考えている。今日は、その理由を、反対の声にも、そして自分自身の考えにも、批判的な目を向けながら書いてみたい。
まず事実を整理する
誤解のないよう、いくつか整理しておきたい。まず、京都市が「非居住住宅利活用促進税」という空き家への新しい税を先に打ち出しており、これも全国初の空き家税として知られる。寝屋川市のものは、これとは別に、市の全域を対象とする点で「全国初」とされているものだ。名前も仕組みも自治体ごとに違う、という点は押さえておきたい。
次に大事なのは、「放置された空き家への実質的な増税」は、実はすでに始まっているということである。住宅が建っている土地は、固定資産税が最大で6分の1に軽くなる「住宅用地の特例」を受けている。ところが、空き家対策の法律にもとづき、倒壊などの危険がある「特定空家」や、放っておけばそうなりかねない「管理不全空家」に指定されて勧告を受けると、この特例が外れる。その結果、翌年から土地の固定資産税が実質的に数倍にはね上がる。つまり、危険な空き家をじわじわと追い込む「真綿で絞める」ような仕組みは、もう存在している。寝屋川市の空き家税は、それとは別に、危険とまではいえない空き家も含めて、広く薄く課税し、「動かす」よう促すものだと理解できる。
反対の声と、自分の考えを、疑ってみる
ここからは、是々非々で考えたい。まず「二重課税ではないか」という批判には、一定の理があると私は思う。固定資産税を納めている上に、その35パーセントを上乗せされるのは、率直に言って重い。「持っているだけで罰を受ける」ような感覚を所有者に与えかねない。税の理屈のうえでも、同じ財産に二度負担を求めることへの違和感は、理解できる。この批判を、頭ごなしに否定するつもりはない。
そのうえで、私は自分自身の考えも疑ってみたい。私はこれまで、「眠っている空き家を動かすには、真綿で絞めるような税制も必要だ」と考えてきた。けれども、この「真綿で絞める」という言葉は、裏を返せば「弱い立場の所有者を、じわじわと追い込む」ことにもなる。相続で望まないまま実家を抱えてしまった高齢者、売りたくても買い手のつかない土地の持ち主——そうした「動かしたくても動かせない事情」のある人にまで、一律に課税するのは、はたして公正だろうか。ここは、私の考えの弱点として、正直に認めておかなければならない。さらに言えば、税で追い込んだところで、買い手や借り手がいなければ空き家は動かない。課税だけでは、ただ負担が増えるだけに終わりかねない。この点も、税に賛成する側が見落としてはいけないところである。
それでも「やむなし・一理ある」と考える理由
批判にも、自分の考えの弱さにも目を向けたうえで、それでも私は、空き家への課税に「一理ある」と考える。理由は三つある。
第一に、放置された空き家は、その負担を周りに押しつけるからだ。倒壊の危険、防犯や衛生の悪化、景観や防災への影響——使われない家が生む不利益は、所有者本人だけでなく、近所や地域全体が引き受けることになる。その社会的なコストを、持ち主に少しでも意識してもらう手立てとして、税は理にかなっている。第二に、これまでの固定資産税の仕組みは、むしろ「空き家を持ち続けたほうが得」になりかねない面があった。住宅用地の特例があるために、更地にするより家を残して放っておくほうが税金が安い、という逆転が起きていた。空き家税は、その歪みを正し、「使わないなら動かす」方向へ背中を押すものだ。第三に、「二重課税」という批判も、制度としては必ずしも成り立たない。これは固定資産税とは別の目的を持つ、法律にもとづかない独自の税(法定外税)であり、同じ種類の税を重ねているわけではない。感情としての「重さ」はよく分かるが、制度としては、二重課税だから直ちに不当だ、とは言い切れないのである。
不動産の現場に立つ者として、私は、空き家が動かず眠り続けることの損失を、日々感じている。だから、所有者の負担が増えると分かっていても、この流れに真っ向から反対することは、私にはできない。むしろ、まちに空き家が増え続ける流れを止める一手として、課税もやむを得ないと考える。ただし、それは無条件ではない。
結論——「人を絞める税」ではなく「家が動く税」に
空き家への課税を進めるなら、私は次のことを条件としたい。第一に、売却や賃貸、活用の受け皿——空き家バンクや相談窓口、リフォーム支援など——を、課税とセットで用意すること。動かす先がなければ、税はただの罰になる。第二に、相続の直後や、高齢で身動きの取れない人、買い手のつかない過疎地の所有者など、「動かせない事情」のある人には、猶予や減免で配慮すること。第三に、集めた税は、空き家対策そのものに使い、市民に使い道を示すこと。追い込むための税ではなく、家が次の暮らしへ動くのを後押しする税であること。この設計ができるかどうかが、分かれ道になる。
磐田も、他人事ではない。以前この場でも書いたとおり、磐田でも空き家は増え続けている。いますぐ磐田に空き家税を、という話ではない。けれども、全国でこうした動きが始まった以上、磐田もいずれ、同じ問いに向き合うことになるだろう。そのときのために、まずは空き家バンクや相談の入り口を太くし、「動かせない人を追い込まない」設計を、今から考えておくべきだと思う。
最後に一言。私は「真綿で絞める税制も必要だ」と書いた。けれど、本当に絞めたいのは、持ち主の首ではない。まちに空き家が増え続ける、その流れのほうである。人を追い込む税ではなく、家が次の誰かの暮らしへと動いていく税。そうであるならば、空き家への課税は、やむなし。一理ある。不動産の現場に立つ一市民として、私はそう考えている。
出典(2026年7月確認)
- 寝屋川市の空き家税条例の可決・成立に関する報道(日本経済新聞、NHK、KSB瀬戸内海放送ほか、2026年)
- 京都市「非居住住宅利活用促進税」に関する京都市公式ウェブサイト等
- 空家等対策特別措置法、および特定空家・管理不全空家と住宅用地特例の解除に関する国土交通省等の資料
※税率・対象・課税開始時期・各制度の要件等は変更される場合があります。最新情報は各自治体の公式サイト等でご確認ください。特定の人物・団体の見解は報道等にもとづく要約です。