導入——「ゼロカーボン」を、遠い言葉にしない

「2050年ゼロカーボン」と聞いて、正直、遠い話だと感じる人は多いと思う。50年でも100年でもいい、どうせ自分が決めることではない——そんな気分になる。私も、理念だけを語られると身構えてしまうほうだ。けれども、この話を「家の屋根」と「毎月の電気代」と「停電のときの一晩」まで下ろしてくると、とたんに自分ごとになる。磐田市も、2050年までに温室効果ガスの排出を実質ゼロにする「ゼロカーボンシティ」を表明している。そして、その入り口として、住宅用の太陽光発電や家庭用の蓄電池を導入する市民に、奨励金を用意している。

私は住まいの仕事をしている。だから、屋根に何かを載せるという判断が、その家にとってどれだけ大きいかを知っている。数十万円から百万円を超える買い物であり、屋根の状態や築年数、あと何年その家に住むのかによって、答えはまるで変わる。今日は、この「屋根の上の電気」と「蓄える箱」を、理念ではなく家計と防災の目線から、是々非々で考えてみたい。

まず、事実を整理する

磐田市には、「新エネルギー及び省エネルギー設備普及促進奨励金」という制度がある。住宅用の太陽光発電設備(出力10キロワット未満のもの)や、家庭用の蓄電池などを設置した市民に、市が奨励金を交付するというものだ。名前は堅いが、要するに「太陽光や蓄電池を入れる人を、市が少し後押しする」仕組みである。

ただし、ここには見落とせない条件がある。この奨励金を受けるには、市が関わる「J-クレジット制度」への参加が求められる。J-クレジットとは、太陽光発電などによって減らせた二酸化炭素の量を「クレジット」として国が認証し、それを企業などが買い取れるようにする仕組みだ。市民が屋根で減らしたCO2を、市がまとめてクレジット化する。だから、奨励金をもらう代わりに、その削減分の権利は市を通じて扱われることになる。「もらえるお金」だけを見ていると、この部分は見えにくい。

また、静岡県も「みんなのおうちに太陽光」といった共同購入の取り組みを進めている。多くの世帯がまとめて購入することで、一軒あたりの価格を下げようという発想だ。市の奨励金と県の共同購入、二つの入り口があるということも、知っておいて損はない。

太陽光と蓄電池をセットで入れることの二つの意味。平時は家計。昼につくった電気を使って電気代を抑え、余れば売電もできる。災害時は防災。停電の夜に蓄電池が冷蔵庫・照明・スマートフォンを生かす。太陽光だけでは昼の電気を夜に使えず、蓄電池があってはじめて停電の夜を越せる。
図1 太陽光+蓄電池は、平時の家計と、災害の夜の防災、二つの顔を持つ。

評価——良い点と、注文したい点

まず、良いと思う点である。第一に、「宣言」で終わらせず、市民が実際に手を出せる入り口(奨励金)を用意していること。理念を掲げるだけの取り組みは世に多いが、財布に届く形にしているのは評価したい。第二に、太陽光と蓄電池をセットで対象にしていること。太陽光だけでは、昼につくった電気を夜に使えない。蓄電池があってはじめて、停電の夜に冷蔵庫と照明とスマートフォンが生き残る。防災の観点から、この組み合わせは理にかなっている。第三に、J-クレジットという形で、市民の小さな削減を束ねて価値に変える発想そのものは、悪くない。

一方で、注文をつけたい点が三つある。

第一に、条件の分かりにくさである。「奨励金がもらえます」の一行だけを見て申し込み、あとからJ-クレジットの手続きや、削減分の扱いを知って戸惑う——そんな市民が出ないだろうか。もらえる額と引き換えに何を差し出すのかを、最初に、平易な言葉で示してほしい。制度が悪いのではない。説明の順番の問題である。

第二に、「載せられない家」への視点である。築年数の古い家、屋根の傷んだ家、借家、日当たりの悪い家——太陽光を載せられない、あるいは載せても割に合わない家は、磐田にいくらでもある。奨励金は、屋根と資金に余裕のある人ほど得をしやすい仕組みでもある。ゼロカーボンが、余裕のある家だけの話になってしまっては、まちの取り組みとは呼べない。断熱、窓の改修、省エネ家電への買い替えといった、屋根を持たない人にも届く道を、同じくらい太くしてほしい。

第三に、出口の話である。太陽光パネルにも、蓄電池にも寿命がある。20年、30年先には、必ず廃棄と交換の問題が来る。売電価格が下がったあと、その設備を持ち続ける意味は何か。撤去にいくらかかるのか。入り口だけを勧めて、出口を語らないのは不誠実だと思う。私は不動産の現場で、「屋根の上のものが、家を売るときの足かせになった」という例を、いくつも見てきた。

奨励金を受け取る前に確かめたい三つの点。一つ目は条件。磐田市の奨励金にはJ-クレジット制度への参加が要件で、減らしたCO2の扱いを先に確かめる。二つ目は載せられない家への道。築古・借家・日当たりの悪い家には断熱・内窓・省エネ家電という別の入り口を用意する。三つ目は出口。パネルも蓄電池も寿命があり、交換・撤去の費用と、家を売るときの扱いまで見ておく。
図2 「もらえる額」だけでなく、引き換えと、その後まで確かめたい。

対案・結論——三つの提案

そのうえで、私は次の三点を提案したい。

第一に、奨励金の案内に、「条件」と「その後」を、同じ大きさの字で書いてほしい。J-クレジットへの参加が何を意味するのか、削減分はどう扱われるのか、設備の寿命と交換・撤去の費用はどれくらいか。良いことと引き換えの負担を、最初に並べて示す。それが、行政の誠実さだと思う。

第二に、「屋根を持たない人」にも届く選択肢を、はっきり示してほしい。断熱改修、内窓の設置、省エネ家電。派手さはないが、効果は確実で、費用も小さい。ゼロカーボンの入り口は、屋根の上だけではない。

第三に、蓄電池を「防災の道具」として位置づけ直してほしい。磐田は、南海トラフ地震の被害が想定される土地である。停電が数日続いたとき、各家庭の蓄電池は、そのまま地域の備えになる。環境の話としてだけでなく、「災害の夜に、灯りを消さないための箱」として伝えたほうが、市民の腹に落ちるはずだ。

2050年は遠い。けれども、いま屋根に載せるかどうかは、今年の判断である。理念を語る前に、いくらかかって、いくら返ってきて、いつ壊れて、災害のときに何ができるのか。その現実的な数字を、まちが正直に示すこと。それができれば、ゼロカーボンは「遠いお題目」ではなく、各家庭の合理的な選択の積み重ねになる。

最後に一言。私は、環境のために暮らしを我慢しろ、という言い方が好きではない。人は、損をしてまで理想には付き合えない。逆に言えば、「得になり、安心になる」なら、放っておいても広がっていく。磐田のゼロカーボンが、我慢の押しつけではなく、家計と防災の得になる形で進むこと。屋根の上の電気と、蓄える箱を、まずはそういう目で見てみたい。

出典(2026年7月確認)

  • 磐田市公式ウェブサイト「新エネルギー及び省エネルギー設備普及促進奨励金」(住宅用太陽光発電設備・家庭用蓄電池等、J-クレジット制度への参加が要件)
  • 磐田市のゼロカーボンシティ表明(2050年温室効果ガス実質ゼロ)に関する市の公表資料
  • 静岡県「みんなのおうちに太陽光」(住宅用太陽光発電・蓄電池の共同購入事業)
  • J-クレジット制度に関する国の説明資料

※奨励金の対象設備・金額・要件、共同購入事業の実施状況等は変更される場合があります。申請前に、磐田市公式サイト・静岡県公式サイトで最新の内容をご確認ください。