導入——「もう何年も待ちなんでしょう?」という、あきらめ
実家じまいや相続の相談を受けていると、話はよく介護に行き着きます。「親を特養に、と思ったけれど、どうせ何年も待ちなんでしょう?」——そう言って、申し込む前から半分あきらめている方が本当に多い。気持ちはよく分かります。テレビでも「特養、全国で27万人待ち」といった見出しが流れますから。
ただ、現場を少し知る者として、ひとつだけ伝えたいことがあります。「待ち」と一口に言っても、その中身は決して一様ではない、ということです。じつは、費用の安い相部屋が満床でも、同じ施設の個室ユニットには空きがある——そんなケースは珍しくありません。今日は、この“待機”という言葉の中身を、家計の目線でほどいてみます。磐田も、決して他人事ではありません。
まず、事実を整理する
順番に見ていきましょう。まず磐田市の土台となる数字です。介護保険料(65歳以上・第1号被保険者)の基準額は、第9期(令和6〜8年度)で月額5,600円、年額にして67,200円。所得に応じた13段階で設定されています。全国平均が月6,225円ですから、磐田は全国よりやや低めに抑えられている水準です。ここは、まず評価してよい点です。
受け皿となる施設の数はどうか。磐田市内の特別養護老人ホーム(特養)は12施設、定員は合わせて966床あります。人口規模を思えば、極端に少ないわけではありません。問題は「数」よりも「中身」と「入りやすさ」のほうにあります。
そこで全国のデータです。厚生労働省の調査では、特養の入所申込者(いわゆる待機者)は2022年4月時点で全国27.5万人。ただしこの数字、3年前より5.1万人減っています。そして待機者の多くは、在宅で介護を受けながら「いざというときのために」申し込んでいる方や、複数施設に重ねて申し込んでいる方を含みます。27万人がいま全員、行き場を失って困っている、という意味ではない——ここがまず、誤解されやすいところです。
相部屋は満床、でも個室ユニットには空きがある——という構造
そして本題です。特養の居室には、大きく分けて「従来型の相部屋(多床室)」と「個室のユニット型」があります。この二つは、住み心地も、そして毎月の負担も、はっきり違います。
相部屋は月およそ9万円前後、個室ユニットは月13万円前後——ざっくり4万円ほどの差が出ます(所得に応じた軽減を使う前の目安です)。年金で暮らす方にとって、この月4万円は小さくない。だから多くの方が費用の安い相部屋を希望し、相部屋には人が集中して満床、けれど個室ユニットには空きがある、という偏りが生まれます。国の調査でも、施設の15%以上で「空きがある」と答えており、「全部が満員でどこも入れない」わけではないのです。
評価——良い点と、注文したい点
この構造をふまえて、磐田市の姿勢を是々非々で見てみます。
まず、良い点は2つ。1つ、保険料の基準額を全国平均より低めに抑えていること。負担する側の家計に配慮した水準です。2つ、12施設966床という受け皿を、これまで地域に整えてきたこと。ここは先人と事業者の努力です。
一方で、注文したい点も2つ。1つは「見える化」です。「磐田の特養は何床空いているのか」「相部屋と個室で待ち方はどう違うのか」——この肝心な情報が、市民には驚くほど届いていません。“待機”という言葉だけが独り歩きし、申し込む前にあきらめる人を生んでいます。2つ目は「費用の壁」です。個室ユニットに空きがあっても、月4万円の差が払えず入れない。ここに、低所得の方の負担を軽くする仕組み(負担限度額の認定など)がありますが、その存在を知らないまま「うちには無理」と引き下がる方が、現場では後を絶ちません。
対案・結論——「何年待ち」で諦めさせない、3つの手
行政に注文したいのは、大がかりな新設ではありません。いまある966床を、困っている人に正しくつなぐための、地味な3手です。
1.待機の“中身”を公開する。市として、相部屋・個室別、要介護度別に、空き状況の傾向をまとめて示してほしい。数字はプライバシーに触れない粒度で十分です。「相部屋は混むが個室は動きがある」と分かるだけで、家族の選択肢は変わります。
2.費用軽減の案内を、窓口の最初に。負担限度額の認定を使えば、個室でも負担が下がる方が少なくありません。相談の入口で「まず、この申請ができるか一緒に確認しましょう」と一声かける。それだけで、払えないと思い込んでいた家庭の道が開きます。
3.在宅で支える家族に、休みを。入所を待つ間、実際に親を支えるのは在宅の家族です。ショートステイやデイの使い勝手、そして介護する側が倒れないための「レスパイト(休息)」の確保。ここを厚くすることが、結果として無理な入所申込の殺到も和らげます。
最後に一言。私は不動産の現場で、親の家と親の介護を同時に抱えて途方に暮れるご家族を、何度も見てきました。そういう時、いちばん人を苦しめるのは「どうせ無理だ」というあきらめです。特養は、たしかに万能ではない。けれど「何年待ち」という見出しの一言で、確かめもせずに扉を閉じてしまうのは、もったいない。磐田がやるべきは、その扉の“いま”を、正直に見せてあげることだと思うのです。
出典(2026年7月確認)
- 磐田市「介護保険料」(第9期・基準額 月5,600円/13段階)
- 磐田市「市内の特別養護老人ホーム」(12施設・定員966床)
- 厚生労働省「特別養護老人ホームの入所申込者の状況」(全国の待機者数・施設の空き状況)
※介護保険料・費用の目安・空き状況は年度や施設により変わります。相部屋・個室の月額はあくまで一般的な目安で、実際の負担は所得区分や各施設の設定で異なります。最新・正確な情報は磐田市高齢者支援課、および各施設に直接ご確認ください。