導入——「夜中に、救急車を呼ぶかどうか」の話から
介護や実家じまいの相談を受けていると、ときどき、こんな話を聞く。「夜中に、母の様子がおかしかった。救急車を呼ぶかどうか、朝まで迷った」。呼べば大ごとになる気がする。でも、朝まで待って手遅れになったら。あの数時間の、胃が縮むような迷い。あれを経験した家族は、磐田にたくさんいると思う。
そして、その迷いの先にあるのが、大久保の磐田市立総合病院である。1952年(昭和27年)に開設され、いまは500床、34の診療科を持ち、正規職員はおよそ938人(2026年4月1日現在)。救命救急センターであり、災害拠点病院であり、地域がん診療連携拠点病院であり、地域周産期母子医療センターでもある。掛川・袋井・磐田・菊川・御前崎・森町——およそ47万人が暮らす中東遠医療圏の、急性期を担う中核病院だ。要するに、このあたりで「いちばん重い場面」を引き受ける場所である。
その病院が、いま、二つの数字を抱えている。ひとつは、2024年に救急車を6,011台受け入れたという数字。もうひとつは、令和6年度に、およそ21億円の赤字を出したという数字。今日は、この二つを並べて、市民として、そして家族として、どう受け止めるべきかを考えたい。
まず、事実を整理する
順に見ていく。まず救急である。救急科の公表によれば、2024年に受け入れた救急車の患者は6,011件。そのうち入院に至ったのは2,593人で、入院率は43.1パーセントにのぼる。単純に言えば、運ばれてきた人の10人に4人以上が、そのまま入院を要する状態だったということだ。「軽症ばかりが運ばれている」という印象論は、この数字の前ではあたらない。受け入れられなかった、いわゆる不応需は232件。6,011件に対して、およそ4パーセントである。裏を返せば、9割以上は受けとめている。救命救急病棟は24床、ドクターヘリの発着できるヘリポートも備える。同院はこれを「ER型救急体制」と呼び、まず救急科が初期診療をして、専門科へ引き継ぐ形をとっている。
次に、人である。医師数は、令和2年度の126名(卒後4年以上の正規医師)から、令和6年度は128名。4年で、2名の増である。専修医・研修医は37名から38名。看護師は491名から515名へと増えている。地方の公立病院で医師が次々に引き揚げられていく話を聞くたびに、私はひやりとするが、少なくとも磐田は、その意味では踏みとどまっている。
最後に、お金である。令和6年度の収支は、収益的収入が約188億円に対し、収益的支出が約209億円。差し引き、約21億円の純損失となった。医業収益は入院約115億円、外来約60億円で、合わせて約175億円。市の一般会計からの繰入金は約5.4億円である。病院は赤字の理由として、人件費の増加、医療材料や光熱水費の高騰などを挙げている。市は「公立病院経営強化プラン2023-2027」を定め、そのなかに「医師・看護師等の確保と働き方改革」「役割・機能の最適化と連携強化」といった章を置いている。
評価——是々非々で見る
ここからは、良い点と、注文したい点を分けて書く。
まず、良いと思う点である。第一に、6,011台を受けとめ、その4割強が本当に入院を要する重さだったという事実。これは、この病院がまちの「最後の砦」として、きちんと機能している証拠だ。第二に、不応需が4パーセント程度にとどまっていること。全国では「受け入れ先が見つからない」という話が珍しくないなか、9割以上を受けている。第三に、医師も看護師も減っていないこと。派手ではないが、これは相当な努力の結果だと思う。人が去っていく病院は、あっという間に診療科を畳むことになる。
そのうえで、注文をつけたい点が三つある。
第一に、21億円という赤字の「中身」が、市民に伝わっていないことである。赤字と聞けば、多くの人は「経営が下手なのでは」と思う。けれども、理由が人件費の増加と光熱水費の高騰であるなら、それは看護師を増やし、人を確保した結果でもある。つまり、頑張ったから出た赤字という側面がある。この区別を市民に説明しないまま数字だけが独り歩きすると、「病院叩き」か、あるいは無関心か、そのどちらかに転んでしまう。どちらも、まちのためにならない。
第二に、医師が4年で2名しか増えていないという事実の重さである。数の上では横ばいで踏みとどまった。けれども、2024年から医師の時間外労働に上限が設けられ、働き方改革が本格化した。同じ人数で、これまでと同じ量の当直と救急を回すことは、もうできない。「減っていないから大丈夫」ではなく、「増えなければ、いまの救急は維持できないかもしれない」というのが、正確な読み方ではないか。
第三に、中東遠での役割分担が、市民に見えていないことである。この医療圏には、掛川・袋井が共同で運営する中東遠総合医療センターもある。47万人を、どの病院が、どの機能で支えるのか。重なりをどう整理するのか。プランには「役割・機能の最適化」と書かれているが、その中身が市民の言葉で語られた記憶が、私にはない。市民が知らないまま進む再編ほど、あとで揉めるものはない。学校再編で、私たちはそれを見てきたはずだ。
対案・結論——三つの提案と、市民の側の宿題
そこで、三つ提案したい。
第一に、赤字の内訳を、家計の言葉で市民に開いてほしい。「21億円の赤字」ではなく、「人を増やしたぶんがいくら、電気とガスと医療材料の値上がりがいくら、診療で得た収入がいくら」と並べてほしい。数字は、分解されて初めて議論の材料になる。まとめられた数字は、感情の材料にしかならない。
第二に、医師確保を「数集め」ではなく「働き続けられる環境づくり」として語ってほしい。来てもらうことより、辞めずにいてもらうことのほうが難しい。当直の負担、家族の暮らし、子どもの学校。医師が磐田に住み続けたいと思えるかどうかは、実は住まいとまちの魅力の話でもある。不動産の仕事をしている私は、そこにこそ市の出番があると思っている。
第三に、中東遠の役割分担を、再編が決まる前に、市民の言葉で説明してほしい。「磐田はこれを担い、これは隣に任せる」。その理由と引き換えを、先に示してほしい。決まってから聞かされるのでは、納得のしようがない。
そして、これは行政への注文だけでは終わらない。市民の側にも宿題がある。かかりつけ医を持つこと。迷ったときに、いきなり救急外来へ行く前に相談できる先を、平時のうちに用意しておくこと。病院自身も、緊急の治療が必要な人が適切に受診できるよう、軽症の場合は地域の開業医へ、かかりつけ医を持ってほしいと呼びかけている。救急を守るのは、医師の努力だけではない。私たちの使い方でもある。
最後に一言。冒頭の、夜中に迷う家族の話に戻りたい。あの迷いをなくすことは、たぶんできない。けれども、軽くすることはできる。かかりつけの先生に、元気なうちに「こうなったらどうするか」を話しておく。介護を受けている家族であれば、なおさらだ。私は看取りの前後に立ち会う仕事柄、事前に話し合えた家族と、そうでない家族の差を、いやというほど見てきた。6,011台の救急車の向こうには、6,011回の、あの夜がある。病院を支えるというのは、お金の話であると同時に、その夜をどう迎えるかという、私たち一人ひとりの話でもあると思う。
出典(2026年7月確認)
- 磐田市立総合病院「施設概要」(500床・34診療科・正規職員938人〈2026年4月1日現在〉・昭和27年開設、救命救急センター/地域医療支援病院/災害拠点病院/地域がん診療連携拠点病院/地域周産期母子医療センター等の指定)
- 磐田市立総合病院「救急科」(2024年 救急車受入6,011件、入院2,593人・入院率43.1パーセント、不応需232件、ER型救急体制)
- 磐田市立総合病院「救命救急センター」(救命救急病棟24床・ドクターヘリ対応ヘリポート、軽症時の地域開業医受診・かかりつけ医の推奨)
- 磐田市立総合病院「経営状況」(令和6年度 純損失約21億円、収益的収入約188億円・支出約209億円、一般会計繰入金約5.4億円、医師126名〈令和2年度〉→128名〈令和6年度〉、看護師491名→515名)
- 磐田市病院事業「公立病院経営強化プラン2023-2027」(医師・看護師等の確保と働き方改革/役割・機能の最適化と連携強化 等)
※数値は各年度・各時点の公表値です。診療体制・経営状況・各計画の内容は変更される場合があります。最新情報は磐田市立総合病院・磐田市公式サイトでご確認ください。受診に関する判断は、かかりつけ医など医療機関にご相談ください。