導入——「学校は、もう勉強を教える場所ではない」という違和感
「学校は教育機関ですが、もう勉強を教える場所ではないのです」。少し乱暴に聞こえる言い方だが、子育て世代と話していると、この感覚を持っている人は少なくない。学校には行く。先生も一生懸命やっている。けれども、わからないところを戻し、できるまで手を動かし、テストで点に結びつくところまで面倒を見る場所としては、もう学校だけでは足りない。そう感じている家庭がある。
いや、もともと勉強を学ぶ場所は学校だけではなかったのかもしれない。昔から、家で音読をし、計算をし、親や兄弟に聞き、地域の大人に教わり、足りなければ塾に行った。学校は、社会の中で生きる力を育てる場であり、集団の中で学ぶ場であり、生活の土台を整える場でもある。そこに、すべての反復練習まで背負わせるのは無理がある。
ただし、ここで一つ危ない線がある。「本当に学びたければ塾へ行け」となった瞬間に、学びは家計の勝負になる。払える家の子は戻れる。払えない家の子は、わからないまま進む。私はそこが怖い。学校を責めたいのではない。塾を敵にしたいのでもない。磐田で考えるべきは、学校に全部を押し戻すことではなく、塾任せにしない学びの底上げである。
まず、事実を整理する
文部科学省の令和5年度「子供の学習費調査」は、保護者が1年間に子ども一人あたりへ支出した経費を、学校教育費、学校給食費、学校外活動費に分けて調べている。令和8年1月16日に訂正・差替後の資料が公表されている。
数字を見ると、公立小学校の学習費総額は年366,599円。そのうち学校外活動費は256,489円である。さらに、自宅学習、学習塾、家庭教師などを含む補助学習費は約11.2万円と示されている。公立中学校になると、学習費総額は年542,450円。学校外活動費は356,018円。補助学習費は約27.2万円である。公立中学校の学校教育費は150,761円だから、学校の外でかかる費用のほうが、学校の中でかかる費用よりかなり大きい。
つまり、家庭はすでに相当なお金を、学校の外の学びに払っている。これは都市部だけの話ではない。磐田でも、送迎できるか、月謝を出せるか、本人に合う教室を探せるかで、学び直しの機会は変わる。
一方、磐田市教育委員会は「いわたの教育」で、正解がない時代に子どもたちに求められる力は変わってきている、と説明している。また、市の教育情報を見ると、「個」に応じたきめ細かな支援・指導として、特別支援教育、外国人児童生徒支援、校外・校内教育支援センターの運営などが並ぶ。学校が引き受けているものは、単なる教科の授業だけではない。安全、心、生活、家庭事情、言葉、障がい、不登校。学校は、いまや地域の子どもを丸ごと支える場所になっている。
評価——良い点と、注文したい点
まず、良い点から書きたい。第一に、学校が「勉強だけ」の場所でないこと自体は、悪いことではない。子どもは点数だけで生きているわけではない。友達との関係、先生との関係、行事、給食、部活動、地域との関わり。そういうものの中で、人は育つ。学校が生活の場であることは、むしろ大事である。
第二に、磐田市が「個」に応じた支援を前面に出していることも評価したい。特別支援、外国につながる子ども、不登校の子ども。ひと昔前なら「同じ教室に座っていればよい」とされていた子どもに、別の入口を用意する。これは、学校が社会の変化に合わせて広がっている証拠だ。
そのうえで、注文したい点が三つある。
第一に、基礎学力の穴を、家庭と塾に渡しすぎないことである。学校が多機能化するほど、授業の中で一人ひとりのつまずきを戻す時間は薄くなる。分数で止まった子、漢字で止まった子、英語の音と文字がつながらない子。そこを家庭が見られればよい。塾に行ければよい。だが、そうでない家庭は確実にある。そこを見ないふりにしてはいけない。
第二に、「集団塾に行けば大丈夫」という考えを疑うことである。集団塾は、ある程度ついていける子には合う。競争が刺激になる子もいる。けれども、すでに穴が空いている子は、集団の速さについていけず、学校でも塾でも置いていかれる。個別指導も同じで、ただ横に座っているだけ、プリントを渡すだけでは足りない。本当に勉強をさせてくれる場所とは、どこで止まっているかを見つけ、戻り、反復させ、できたかを確かめる場所である。
第三に、学び直しを「本人のやる気」の一言で片づけないことである。やる気は、できる経験から出てくる。できない時間が長い子に、やる気だけを求めても酷である。だからこそ、戻れる場所が必要になる。
対案・結論——学校、家庭、塾、地域の役割を分ける
私は、学校に「昔のように全部教えろ」と言いたいわけではない。むしろ逆である。学校が何でも屋になりすぎているからこそ、役割を分けたほうがよい。
第一に、磐田市は「ここまでは学校と地域で支える」という基礎ラインを、もっと市民に見える形で示してほしい。小学校なら、読み書き計算。中学校なら、数学と英語の最低限の土台。全国学力・学習状況調査の結果を公表するだけでなく、そこで見えた弱点に対して、どの学年で、どの時間に、どう戻すのかまで説明してほしい。
第二に、放課後や長期休みに、低額または無償で参加できる学び直しの場を増やしてほしい。場所は学校でなくてもよい。交流センター、図書館、地域の空きスペースでもよい。退職教員、大学生、地域の大人、ICT教材を組み合わせれば、民間塾と同じものではなくても、「わからないところへ戻る時間」は作れる。
第三に、個別指導の質を、親が見分けられる情報を出してほしい。市が特定の塾をすすめる必要はない。ただ、「よい個別指導とは何か」は整理できる。最初に診断する。宿題を管理する。説明だけで終わらず演習させる。間違えた問題を翌週もう一度やる。保護者に、どこで止まっているかを伝える。こうした見方を知っているだけで、家庭は月謝を無駄にしにくくなる。
第四に、AIやデジタル教材を、丸投げではなく補助輪として使うことである。行政AIには私は前向きだが、教育でも同じだ。子どもに端末を渡して「自分でやりなさい」では効果は薄い。大人が進み具合を見て、声をかけ、止まったところへ戻す。そこまで設計して初めて、道具になる。
最後に一言。私は不動産の仕事で、家計の話を聞く。住宅ローン、家賃、車、介護、相続、実家じまい。そこへ子どもの塾代が乗る。中学生で月2万円、3万円となれば、家計には重い。払える家だけが学び直せるまちにしてはいけない。学校は、もう勉強だけを教える場所ではない。だからこそ、勉強に戻れる場所を、学校の外にも、しかし家計だけに頼らない形で用意する。磐田の教育を考えるなら、そこから逃げてはいけないと思う。
出典(2026年7月確認)
- 文部科学省「令和5年度子供の学習費調査結果のポイント(令和8年1月16日訂正版)」
- e-Stat「子供の学習費調査 令和5年度 1 学校種別の学習費」(2026年1月16日公開・更新)
- 文部科学省「子供の学習費調査 用語の解説」(学校外活動費・補助学習費の定義)
- 磐田市教育委員会「いわたの教育」(2026年4月8日更新)
- 磐田市教育委員会「『個』に応じたきめ細かな支援・指導の充実」
- 磐田市教育委員会「全国学力・学習状況調査結果公表」(2025年8月14日更新)
※学習費の数値は令和5年度調査の公表値です。学校・支援制度・調査結果の内容は変更される場合があります。最新情報は文部科学省、e-Stat、磐田市公式サイトでご確認ください。