導入——また、この話に戻ってくる
ここ最近、私はこの場で、同じ形の問題を、別々の顔で書いてきた。アローマメロンと次郎柿の農業。夜のポンプ車を出す消防団。どちらも、素晴らしいものが目の前にあるのに、それを継ぐ人がいなくなりつつある、という話だった。今日も、実は同じ話をする。ただし、今度の主役は、人でも作物でもない。池である。農業用のため池、そして田んぼへ水を運ぶ用水路の話だ。
ため池なんて、自分には関係ない——そう思う人が多いと思う。私も、正直、不動産の仕事を始めるまでは、そうだった。けれども、この「誰も自分ごとと思っていない池」が、いざというときには、家の何軒分もの水を、一気に下流へ流す力を持っている。そして、その多くが、驚くほど古く、驚くほど「誰のものか分からない」状態になっている。今日は、この見過ごされがちなインフラを、防災と、まちの持続という二つの目で、整理しておきたい。
まず、事実を整理する
数字から入る。全国に、農業用のため池は、およそ17万か所ある。コンビニの数より、はるかに多い。そして、そのうちの約7割が、江戸時代以前につくられたものだとされる。令和の田んぼが、江戸の土木の上で潤っている、というのが、この国の農業の実際の姿である。
問題は、その古さそのものより、「誰が管理しているか分からない」という点にある。国の資料によれば、平成30年の時点で、農業用ため池の約3割が、所有者不明だとされる。つくった人の子孫がどこにいるのか分からない。登記をたどっても行き着かない。世代交代のたびに、権利関係が枝分かれし、複雑になり、やがて誰も「自分のもの」と名乗り出なくなる。これは、私が実家じまいや相続の現場で、毎日のように見ている構図と、まったく同じである。家も、田んぼも、池も、継ぐ人がいなくなった瞬間から、静かに宙に浮く。
この危うさが、現実の被害として表れたのが、平成30年7月の豪雨だった。西日本を中心に、ため池が相次いで決壊し、人命が失われた。これを受けて、国は2019年(令和元年)に「農業用ため池の管理及び保全に関する法律」、いわゆるため池管理保全法を施行した。全国のため池について、場所や所有者・管理者の情報を届け出て、整備・公表する。決壊すれば人家に被害が及ぶおそれのある池を「防災重点農業用ため池」に指定し、優先して対策を進める。そういう枠組みである。
では、磐田はどうか。磐田市が属する県の中遠地域には、307か所の防災重点農業用ため池があるとされ、県は地震や豪雨への耐性を照査し、必要な対策工事を進めているという。磐田市のハザードマップにも、ため池が決壊した場合の浸水想定が織り込まれている。つまり、「うちの近くにも、いざとなれば水を流す池がある」というのは、他人事ではなく、地図の上に描かれた現実なのである。
評価——是々非々で見る
良いと思う点から書く。第一に、平成30年の悲劇を受けて、国が素早く法律をつくり、「誰のものか分からない池」を放置しない枠組みを整えたこと。遅きに失した面はあるが、動いたことは評価すべきだ。第二に、県が中遠地域の307か所を対象に、地震・豪雨への耐性を照査し、対策工事を進めていること。優先順位をつけて手を打つ、という姿勢は正しい。第三に、磐田市がため池決壊の浸水想定をハザードマップに載せ、令和8年からは地図情報をスマートフォンやパソコンで見られるサービスも始めるとしていること。危険を「見える化」することは、避難の第一歩である。
そのうえで、注文をつけたい点が三つある。
第一に、「工事をした」で終わらせないでほしい、ということだ。堤を補強しても、その池を日々見回り、水の量を調整し、草を刈り、樋を点検する人がいなければ、安全は保てない。そして、その担い手こそが、いま消えつつある。農家の高齢化と離農で、池を守ってきた地元の水利組合や集落の力は、年々細っている。ハード(工事)の話ばかりが進んで、ソフト(担い手)の話が置き去りにされていないか。私が心配するのは、そこである。
第二に、所有者不明の問題を、相続の入り口で止めてほしい、ということだ。池が所有者不明になるのは、多くの場合、相続のときに「田んぼも山も池も、面倒だから手をつけない」まま放置されるからである。これは、空き家がたどるのと、寸分違わない道だ。私は不動産の現場で、「継ぎたくない不動産」が権利関係を複雑にしていく様を、いやというほど見てきた。池も、まったく同じ資産である。相続の相談の場で、田畑や池の存在にも触れ、早い段階で管理の道筋をつける。その入り口を、まちが用意してほしい。
第三に、防災の議論に、ため池と用水路を、はっきり組み込んでほしい。私たちは「南海トラフ」と聞くと、津波や建物の倒壊を思い浮かべる。けれども、大きな地震は、古いため池の堤も揺らす。上流の池が決壊すれば、下流の家は、地震の揺れが収まったあとに、水に襲われる。この「二段構えの災害」を、地域の防災訓練や説明の場で、正面から扱ってほしい。
対案・結論——三つの提案
そこで、三つ提案したい。
第一に、ため池の担い手を、農家だけに背負わせない仕組みを考えてほしい。消防団のときにも書いたが、「全部を地元で」という前提が、もう成り立たない。市や県が管理を引き取る池、地域で見守る池、統合したり、役目を終えたら安全に埋め立てたりする池——一つひとつの池について、「これから誰が、どう関わるのか」を仕分けする作業が要る。田んぼダムのような、豪雨のときに田んぼ自体に水をためて下流を守る新しい取り組みも、磐田を含む地域で検討されていると聞く。守るべき池と、役目を変える池を、冷静に選り分けるときだ。
第二に、相続とため池・農地をつなぐ相談の窓口を、分かりやすくしてほしい。「実家の田んぼに、古いため池がついていた」という相談は、これから確実に増える。そのとき、どこに相談すればよいのか。農業委員会なのか、土地改良区なのか、市の窓口なのか。たらい回しにされているうちに、また一つ、所有者不明の池が生まれる。入り口を一本化してほしい。
第三に、ため池のハザード情報を、下流に住む人にこそ届けてほしい。池のそばに住む人より、むしろ、池から少し離れた下流の住宅地の人のほうが、「まさか、うちが」と油断している。あなたの家の上流に、江戸時代の池があるかもしれない。その事実を、スマートフォンで確かめられる。そのことを、繰り返し伝えてほしい。
最後に一言。私は、この「継ぐ人がいない」という言葉を、この夏、何度書いただろうか。メロンと柿の畑で書き、夜のポンプ車で書き、そして今日、江戸時代の池で書いている。作物も、消防も、池も、みんな違う顔をしているが、根っこは一つだ。誰かが、見えないところで、黙って守ってきた。その「誰か」が、いなくなろうとしている。池は、放っておいても、しばらくは水をたたえている。だから、危機が見えにくい。けれども、堤は確実に古びていくし、守る人は確実に減っていく。決壊してから「誰の池だ」と探すのでは、遅い。まだ水が静かなうちに、誰が守るのかを決めておく。それは、江戸の人が私たちに残してくれた池への、令和の私たちの、最低限の礼儀だと思う。
出典(2026年7月確認)
- 農林水産省「農業用ため池の管理及び保全に関する法律の概要」等(全国の農業用ため池 約17万か所、約7割が江戸時代以前に築造、平成30年時点で約3割が所有者不明、平成30年7月豪雨のため池決壊被害を契機に2019年〈令和元年〉ため池管理保全法施行、防災重点農業用ため池の指定)
- 静岡県「農地・農業用施設の防災減災対策」(中遠地域の防災重点農業用ため池 307か所を対象に地震・豪雨耐性の照査と対策工事、田んぼダムの検討〈磐田市・菊川市・御前崎市〉)
- 磐田市公式ウェブサイト「磐田市ハザードマップ」(ため池決壊による浸水想定、令和8年からの地図情報提供サービス)
※ため池の箇所数・対策状況・各制度の内容は変更される場合があります。最新情報は農林水産省・静岡県・磐田市の公式サイトでご確認ください。