導入——「振込、どうやるの」と聞かれて
不動産や相続の仕事をしていると、高齢のお客さまから、ぽつりと、こう聞かれることがある。「これ、振込、どうやるの」。窓口が減り、機械の操作は年々複雑になり、通帳をはさんで人と話せる場所が、確実に減っている。長く付き合ってきた銀行の支店が、ある日、統合でなくなる。歩いて行けた郵便局のATMが、撤去される。そのたびに、現金と対面を頼りに生きてきた人たちが、静かに置いていかれていく。今日は、この「まちから、お金の窓口が消えていく」という話を書きたい。市政の直接の仕事ではないかもしれない。けれども、暮らしの底が抜けていくこの問題を、まちが知らんふりでいてよいとは、私には思えない。
先に断っておく。私は、キャッシュレスに反対しているのではない。便利なものは便利だ。ただ、その便利さに乗れる人と、乗れない人がいる。そして、乗れない人ほど、高齢で、一人暮らしで、助けを求めにくい。この非対称を、どう受け止めるか、という話である。
まず、事実を整理する
数字から見ていく。全国の金融機関のATMは、減り続けている。ある調査では、ゆうちょ銀行やコンビニのATMを除いた設置台数が、9万台割れに迫っているとされる。5年間で、およそ1万6千台が消えた計算だ。銀行の有人店舗も、統廃合が続いている。人口が減り、預金も貸出も先細りが見込まれるなか、金融機関は、支店とATMという「重い設備」を、次々にたたんでいる。経営の理屈としては、分かる。分かるが、まちの現場では、それが「窓口が遠くなる」という、生活の不便として表れる。
一方で、国はキャッシュレスを推し進めている。経済産業省は、キャッシュレス決済の比率を、2030年に65パーセントへ引き上げる目標を掲げた。カードやスマホで払うのが当たり前の社会へ、という方向である。これも、大きな流れとしては、止まらないだろう。
ところが、その裏で、現金への根強い需要も、はっきり残っている。金融機関の調査でも、現金の必要性は簡単には消えないと分析されている。とくに高齢の世代は、現金で管理し、通帳で確かめ、窓口で相談することに、安心を置いている。キャッシュレスの目標は前へ進み、現金の窓口は後ろへ引いていく。その二つの動きの「あいだ」に、たくさんの高齢者が取り残されつつある、というのが、いまの構図である。
評価——是々非々で見る
まず、公平に見ておきたい。金融機関が店舗やATMを減らすこと自体を、頭ごなしに責めることはできない。維持には、大きな費用がかかる。使う人が減った場所を、無理に残せば、その負担はどこかに回る。効率化の必要は、認めなければならない。キャッシュレスにも、現金を持ち歩かなくてよい、記録が残る、といった良さがある。ここは、率直に評価する。
そのうえで、注文というより、心配を三つ書く。
第一に、「乗れない人」が、確実にいることだ。スマホを持っていない。持っていても、決済アプリの設定ができない。指が乾いて画面が反応しない。目が見えづらく、小さな文字が読めない。——これは、努力不足ではない。年を取るということの、当たり前の帰結である。その人たちにとって、現金と、通帳と、対面の窓口は、贅沢ではなく、命綱だ。窓口が消えることは、その命綱が、一本ずつ切れていくことに等しい。
第二に、「対面が消えると、詐欺が忍び込む」ことだ。これは、私が現場で本当に恐れていることである。窓口の職員が「おばあちゃん、この振込、大丈夫?」と一声かける。あの一言が、どれだけの特殊詐欺を水際で止めてきたか。窓口が減り、すべてが機械とスマホの中で完結するようになると、その「気づいてくれる誰か」が、いなくなる。孤立した高齢者と、画面の向こうの詐欺師が、一対一で向き合うことになる。効率化の陰で、この見えない防波堤が、静かに削られている。
第三に、相続や不動産の決済という、「人生で数回の大金」の場面である。私の仕事に直結する話だ。家を売る、相続でお金を分ける——そうした場面では、高齢の当事者が、大きな金額の手続きに、一人で向き合うことになる。窓口が遠く、相談できる人がいなければ、不安につけ込まれる隙が生まれる。ここは、便利さでは片づかない領域だ。
対案・結論——三つの提案
市に、あるいはまち全体に、三つ提案したい。
第一に、「デジタルに乗れない人」を、置いていかない支援を、まちの仕事として位置づけてほしい。スマホ教室は各地で開かれているが、一度習って終わり、では身につかない。公民館や地域の集まりで、繰り返し、気軽に聞ける場を。そして、「教える」だけでなく、「どうしても無理な人には、現金と対面の道を残す」という二段構えを、はっきり打ち出してほしい。全員をデジタルへ、ではなく、その人に合った窓口を、である。
第二に、金融機関の窓口が減っていく現実を、市として把握し、必要なら声を上げてほしい。どの地区から、どの窓口が消えたのか。買い物と同じで、「金融の空白地帯」が、まちのどこに生まれつつあるのか。これを、まちが地図として持っておくべきだ。そのうえで、移動しての相談会や、地域の拠点への出張窓口など、民間と組んでできることを探ってほしい。市が直接お金を扱うわけにはいかないが、「困っている人と、窓口をつなぐ」ことは、まちにもできる。
第三に、詐欺の見守りを、窓口の消滅とセットで強化してほしい。窓口の職員という「気づく目」が減るなら、その分を、地域で補う仕組みが要る。以前この場で書いた、認知症の人を見守るオレンジシールの仕組みや、地域の見守りネットワークと、金融の話をつなげてほしい。「最近、あの人が、しきりにATMに通っている」——その気づきを、拾える地域であってほしい。
最後に一言。私は、時代を巻き戻せとは言わない。キャッシュレスも、店舗の効率化も、止まらない。ただ、社会が前に進むとき、いちばん後ろにいる人の歩みに、合わせられているか。それを、ときどき振り返るのが、政治の役目だと思う。振込の仕方が分からず、窓口の前で立ち尽くす人。その人は、かつて、現金で子どもを育て、通帳に汗の結晶を積み上げてきた人だ。その人が、時代に置いていかれたと感じる社会を、私はよいまちだとは思わない。便利さは、いちばん弱い人の速さに、どこかで手を差し伸べながら進むべきだ。まちから窓口が消えていくいまこそ、「消えたあと、誰が困るのか」を、先回りして考えておきたい。
出典(2026年7月確認)
- 金融機関のATM・店舗数の推移に関する調査・報道(金融機関ATM・CD設置台数〈ゆうちょ銀行・コンビニATM除く〉が9万台割れに迫り、5年間でおよそ1万6千台減少 等)
- 経済産業省 キャッシュレスに関する目標(2030年にキャッシュレス決済比率65パーセント)
- 現金需要に関する金融機関の調査(キャッシュレス進展下でも根強い現金需要が残るとの分析)
※本記事は特定の金融商品・投資・資産運用を勧めるものではありません。統計値は各調査時点のものであり、変動します。金融手続きや詐欺被害の相談は、各金融機関・消費生活センター・警察等にご相談ください。