導入——「ここ、買い物はどうするんですか」
空き家や中古住宅をご案内していると、お客さまから必ず聞かれることがある。「ここ、買い物はどうするんですか」。学校までの距離や、駅までの時間を聞かれるより、実は多い。とくに、親御さんと同居を考えている方や、ご自身が定年を迎える世代の方は、まっさきにそこを気にされる。家の値段でも、間取りでもない。「毎日の食べ物を、どうやって手に入れるか」。それが、その家に住めるかどうかを決めてしまう。
前に、車を手放したあとの「足」の話として、デマンド型乗合タクシーのことを書いた。前回は、まちからATMと窓口が消えていく話を書いた。今日は、その延長線上にある、もっと切実な話をしたい。食べ物である。国の推計を見ると、この問題は、私が現場で感じているよりも、はるかに大きく、そして意外な方向へ広がっていた。
まず、事実を整理する
国は、この問題を「食料品アクセス困難人口」という言葉で数えている。定義は、はっきりしている。お店まで直線距離で500メートル以上あり、かつ、自動車を利用できない65歳以上の人。ここでいうお店には、肉屋・魚屋・八百屋といった小売店だけでなく、百貨店、総合スーパー、食料品スーパー、コンビニ、ドラッグストアまで含まれる。つまり、コンビニすら歩いて行けない、という基準である。
農林水産省の研究機関の推計によれば、2020年時点で、この食料品アクセス困難人口は、全国で904万人にのぼる。65歳以上の人口に占める割合は25.6パーセント。高齢者の、およそ4人に1人である。そして、75歳以上に限っても566万人。年を重ねるほど、この壁は高くなる。
もうひとつ、意外な事実がある。この人数の増加は、山あいの過疎地だけで起きているのではない。研究所の報告では、増加の大部分は「都市的地域」だとされている。理由を考えれば、腑に落ちる。かつて住宅地として一斉に開発された地域が、そろって高齢化する。近所の商店は後継者がなく閉じ、大型店は車で行く前提の郊外に移る。そして住民は、免許を返納する。地方の集落だけの話ではない。磐田のような、まとまった住宅地を持つまちにこそ、静かに広がっている問題なのである。
国が示す対策の柱は、大きく五つある。移動販売、宅配や買い物代行、身近な買い物拠点づくり、地域の関係者の連携、そしてデジタルの活用。実際の施策の傾向も分かれていて、大都市では宅配や御用聞き・買い物代行への支援が、中小の都市ではコミュニティバスや乗合タクシーの運行支援が、主な手立てとして挙げられている。
評価——是々非々で見る
まず、磐田について、良いと思う点を書く。第一に、磐田はデマンド型の乗合タクシー「お助け号」をはじめとする交通の手立てを、すでに持っている。国の整理でいえば、中小都市の王道の対策を、まちはもう始めているということだ。ゼロからの話ではない。第二に、こうした分野には、移動販売や宅配といった民間のサービスが各地で参入してきている。行政がすべてを担わなくても、民間の力で動きうる部分がある、ということだ。第三に、地域の見守りネットワークやオレンジシールの仕組みなど、「気にかける目」を地域に置く土台が、磐田にはすでにある。買い物の支援は、この土台の上に乗せられる。
そのうえで、注文が三つある。
第一に、「移動」と「食べ物」が、別々の話として扱われていないか、ということだ。交通の担当は交通、福祉の担当は福祉、商業の振興は商業。けれども市民の側から見れば、「今日の夕飯をどうするか」というひとつの問題でしかない。買い物に行くための足なのか、食べ物を届けてもらうのか、拠点をつくるのか。この三つを一枚の絵にして考えている担当が、まちにいるだろうか。
第二に、「困っている人が、どこに何人いるか」を、まちが把握しているか、ということである。国の904万人という数字は、あくまで全国の推計だ。磐田のどの地区で、店までの距離が遠く、高齢化が進み、免許返納が増えているのか。それは、地図に落とせるはずのものだ。0074で「金融の空白地帯を地図に」と書いたが、食べ物についても、まったく同じことが言える。当てずっぽうで手を打つのではなく、空白地帯を先に見つけること。
第三に、これは不動産の仕事をしている私が、いちばん強く感じることだ。買い物ができない地域は、家が売れない地域になる。私は、そういう家を何軒も預かってきた。建物はしっかりしている。土地も広い。値段も下げた。それでも買い手がつかないのは、「ここで暮らせるイメージが持てない」からである。店が消えることは、その地域の住宅の価値が下がることと直結している。空き家対策も、移住定住も、買い物の環境と切り離しては語れない。市が空き家に補助金を出す一方で、その地域から店が消えていくのを黙って見ているなら、それは片手で押して、もう片手で引いているのと同じである。
対案・結論——三つの提案
そこで、三つ提案したい。
第一に、「食料品アクセスの空白地図」を、磐田でつくってほしい。店の位置と、500メートルの円と、高齢化率と、免許返納の状況。これを重ねれば、優先して手を打つべき地区は、すぐに浮かび上がる。全市に一律のサービスを敷くより、ずっと安く、ずっと効く。
第二に、交通・福祉・商業を、ひとつのテーブルに乗せてほしい。お助け号の路線を考える担当と、高齢者を見守る担当と、地元商店を支える担当が、同じ地図を見て話す場をつくる。「移動スーパーが来る日に、集会所で健康相談も一緒にやる」といった組み合わせは、そういう場からしか生まれない。買い物の場は、それ自体が、人と会う場でもある。
第三に、民間がすでに動いている部分を、邪魔せず、後押ししてほしい。移動スーパーや宅配の事業者にとって、いちばんありがたいのは、補助金より「止められる場所」と「集まってくれるお客さん」である。市の施設の駐車場を使えるようにする。自治会を通じて開催日を知らせる。行政にしかできない、こういう地味な下支えが、事業を続けられるかどうかを分ける。
最後に一言。冒頭の「ここ、買い物はどうするんですか」という問いに、私は正直に答えることにしている。都合の悪いことを隠して家を売っても、住み始めてから困るのは、その方だからだ。けれども、まちの人間として言えば、この問いに胸を張って答えられる地域を、一つでも増やしたい。904万人という数字は、遠い国の話ではない。免許を返した日から、誰もがその一人になりうる。家があること、年金があること、それだけでは、人は暮らせない。歩いて行ける距離に、パンと牛乳がある。そのあたり前を守ることは、住まいの話でも福祉でもなく、まちが生き続けるための、いちばん土台の仕事だと思う。
出典(2026年7月確認)
- 農林水産省の研究機関「食料品アクセスマップ」(食料品アクセス困難人口=店舗まで直線距離500メートル以上、かつ自動車を利用できない65歳以上。2020年推計で904万人、65歳以上人口の25.6パーセント、75歳以上は566万人。増加の大部分は都市的地域)
- 農林水産省「食品アクセス(買物困難者等)問題の現状について」(対象店舗=食肉・鮮魚・野菜果実小売業、百貨店、総合スーパー、食料品スーパー、コンビニエンスストア、ドラッグストア。大都市では宅配・御用聞き・買物代行サービス等への支援、中・小都市ではコミュニティバス・乗合タクシーの運行等への支援が主要施策)
- 農林水産省「食品アクセス(買物困難者等)問題ポータルサイト」(対策の柱=移動販売、宅配・買い物代行、身近な買い物拠点づくり、地域の関係者の連携、デジタル活用)
※推計値は基準年時点のものであり、定義や算出方法により数値は異なります。磐田市内の各サービスの実施状況・運行内容は変更される場合があります。最新情報は磐田市公式サイト・各事業者にご確認ください。