Q. 大塚古墳群の発掘速報は、何がわかり、どう読めばよい?
大塚古墳群は磐田原台地西縁の16基からなる古墳群です。市の文化財だより第258号(2026年9月1日発行)は、2022~2025年度の測量・発掘成果と9号墳などを紹介。報告書は2026年度刊行予定です。民有地のため立ち入りを控え、まず1~2ページの資料で調査範囲と成果を確認してください。
寺谷の土地を、現在の使い道だけで見ない
磐田市文化財課が2026年9月1日に発行した「いわた文化財だより」第258号は、1~2ページで大塚古墳群と寺谷坂上14号墳の発掘調査速報を紹介しています。寺谷周辺の土地の歴史を、市が公開した図と写真から読める資料です。この記事では9月20日に原文を確認しています。
大石浩之(磐田市/不動産業)です。私が土地の話を読むときは、道路や現在の利用だけでなく、その場所に積み重なった時間にも目を向けたいと思います。何でも商売の価値へ換算したいわけではありません。地域を人に説明する仕事をしているからこそ、名前を聞いたことがあるだけで話を済ませたくないのです。
今回の資料は、古墳の大きさだけでなく、何を調べ、何を保存のため調べなかったかも書いています。私はその説明の仕方を評価します。成果を大きく見せる数字だけでなく、調査の範囲がわかれば、読み手も勝手に話を広げずに済みます。まずは現地へ出掛ける前に、この2ページを読むところから始めたいと思います。
16基あることと、7基を発掘したことを分ける
「いわた文化財だより」第258号によると、大塚古墳群は磐田原台地の西縁に位置し、大小16基の円墳・方墳で構成されています。5世紀を中心に築かれ、現在も墳丘が良好に残ると説明されています。墳丘とは、古墳の土を盛り上げた部分です。
市は保存に向けた基礎データを集めるため、2022~2025年度に地形測量や発掘を実施しました。規模や築造時期などを調べ、2026年度には成果をまとめた報告書の刊行を予定しています。9月1日発行の速報で「予定」とされているので、この記事でも完成済みの報告書としては扱いません。
発掘を行ったと記されているのは、1・2・4・5・7・9・16号墳の計7基です。16基という古墳群全体の数と、7基という発掘の数は別です。速報だけを読み「16基すべてを掘った」と言い換えると、調査内容を取り違えます。図の赤い囲みと本文の番号を照合すると、読み違いを減らせます。
同じ速報には隣接する寺谷坂上14号墳も登場します。大塚古墳群の14号墳と、名前が似ているから同じものだと決めつけないことも読みどころです。誌面は二つの名称を分けて記しています。人へ説明するときは「14号墳」だけで省略せず、寺谷坂上まで付けたいと思います。
大きさが近くても、埴輪と葺石が対照的
大塚9号墳は、直径約40m、高さ約6mの円墳として紹介されています。円筒埴輪や朝顔形埴輪が見つかり、その特徴から5世紀前半に築造されたと考えられています。墳丘の土は黄褐色系と黒色系に積み分けられ、葺石は施していないようだと記されています。
葺石とは、墳丘の斜面を覆うように敷かれた石のことです。隣接する寺谷坂上14号墳では、その葺石が確認されています。一方で埴輪は出土していません。こちらは直径40~45m、2段に築かれた円墳で、5世紀中頃の築造と考えられています。大きさが近いのに、外観を形づくる要素は対照的なのです。
寺谷坂上14号墳は1969年に圃場整備に伴う発掘調査が行われました。その後、墳丘の大部分は失われたものの、2025年度の調査で一部が地下に残っているとわかりました。見える地形が変わったことと、痕跡がすべてなくなったことは同じではない。土地の現在の姿だけで判断しないための、具体的な材料になります。
私が意外に感じたのは、大塚9号墳の埋葬施設を、今回の調査では掘っていないことです。理由は保存のためと書かれています。発掘速報と聞くと内部まで解明されたように受け取りがちですが、そうではありません。誰が葬られたかについて、記事から新たな人物名を断定する根拠もありません。
数値の「約」や、「考えられます」「ようです」という原文の留保も残して読みたいと思います。専門家が慎重に説明している部分を、読み手が強い断定に変える必要はありません。9号墳に葺石がなかったと断言したり、埴輪が未出土という説明から当初も絶対になかったと言い切ったりするのは避けます。
調査の途中を公開することに価値がある
磐田市の今回の情報公開で私が評価するのは、報告書刊行前に、写真・配置を示す図・短い解説をまとめていることです。専門報告書の完成を待たなくても、地域の住民や事業者が、何が調べられているかを知る入口になります。2ページに絞られているので、まず読んでみる負担も小さくなります。
もう一つ評価するのは、調査の成果と保存への配慮を一緒に伝えていることです。9号墳の埋葬施設を掘らなかった理由があり、民有地への立ち入りを控えるよう注記もある。見つけた物だけを宣伝する案内ではなく、地域の場所をどう扱うかまで読み取れます。公開と保護を同じ紙面で伝える姿勢は支持したいと思います。
文化財だよりの入口については、第257号と磐田ここからラボを扱った記事でも考えました。今回も先に資料を探し、実際に何が出ているかを確認する。その順序を守らずに「情報がない」と注文するのは、事業者側の読み方として雑だと思います。
民有地へ入らず学べる案内につなげてほしい
第258号の1ページには、民有地なので立ち入りを遠慮してほしいという注意が明記されています。発掘成果の公開は、自由見学の許可ではありません。この記事でも進入経路や立入場所を案内しません。まず公開資料を使って学ぶことを前提にします。
市への私の注文は、興味を持った人が、立ち入らずに次へ学べる案内を見つけやすくしてほしいということです。報告書が出たら、どこで読めるか。出土品の公開機会があるなら、どこで案内されるか。そうした次の入口を、速報を読んだ場所からたどれると助かります。現時点で展示や見学会が決まっていると言うつもりはありません。
私は、地域の魅力を伝えることと、土地の持ち主へ負担を寄せることを一緒にしたくありません。「おもしろい場所がある」と店で話しても、私有地へ人を送り込む説明になれば困ります。資料のURLを渡すだけで学べるなら、その方法を選びたい。土地を商売の対象として扱う側だからこそ、境目には丁寧でありたいと思います。
正直に言えば、どこまで現地を見せる案内がよいのか、私はまだ判断できません。保存や土地利用の事情を知らず、公開範囲の拡大だけを求めるのも違います。まず資料で理解できる範囲を増やす要望にとどめる。磐田らしい風景や地域資源を次世代へ残す問いにも、知りたい側だけで決めない視点を重ねたいと思います。
今日の確認は、1~2ページを並べて読むこと
大塚古墳群に関心を持った人が今日できる確認は、第258号の1ページの図と、2ページの説明を並べて読むことです。16基の全体像、発掘した7基、大塚9号墳と寺谷坂上14号墳の違い、そして立ち入りを控える注記。この四つを先に拾うと、速報の輪郭がつかめます。

仕事の合間に読むなら、私は「わかったこと」と「報告書を待つこと」をノートで分けたいと思います。大きさや出土品は今回の説明から読める。ほかの古墳を含む詳しい成果は、刊行予定の報告書で追う。その区切りがあれば、知識を得た喜びで未確認の話まで広げずに済みます。
地域の歴史に触れる別の入口として、磐田市歴史文書館の小学校展の記事もあります。ただし、小学校展を大塚古墳群の出土品展示と混同しないでください。それぞれ別の資料と展示です。関心が広がったら、内容と開催案内を読み分けて使いたいと思います。
最後に一言。寺谷の土地の歴史を知ることは、私にとって地域の説明を少し丁寧にする準備です。速報を公開してくれたことを評価する。その先には、土地へ入らず学びを深められる案内を求める。知りたい気持ちと持ち主への配慮は、両立させるべきだと考えます。
よくある質問
申込みや店の準備で迷いやすい点を確認します。
大塚古墳群はどこにあり、何基で構成されますか?
磐田市の「いわた文化財だより」第258号は、大塚古墳群を磐田原台地西縁に位置する16基の円墳・方墳からなる古墳群と説明しています。寺谷地域の歴史に関わる資料です。誌面には民有地への立ち入りを控えるよう注意があるため、配置図を自由見学の経路図として使わず、まず公開資料で確認してください。
2026年9月の速報で、何がわかりましたか?
市は2022~2025年度に測量や発掘を実施しました。速報では発掘した7基のうち大塚9号墳を紹介し、直径約40m、高さ約6m、埴輪出土などを説明しています。埋葬施設は保存のため今回未発掘です。隣接する寺谷坂上14号墳との違いも掲載され、詳しい報告書は2026年度刊行予定とされています。
古墳を自由に見学できますか?
第258号には民有地なので立ち入りを遠慮するよう明記されています。発掘成果が公開されたことを、自由に入れる許可と受け取らないでください。この記事では見学会や出土品の展示日程は確認していません。まず市のPDFの1~2ページを読み、今後の報告書の閲覧方法や公開機会は市の正式案内を確認してください。
出典(2026年9月20日確認)
掲載内容は2026年9月20日時点です。日程・制度・案内は変更される場合があります。最新情報と個別の条件は公式窓口へ、専門的な判断は担当する専門家へご確認ください。

