この記事について。2026年5月に要約だけで公開した記事を、磐田市の公表資料をあたって書き直しました(本文の確認は2026年8月)。公開日は当時のままにしています。なお、小中一体校としての統合の是非については別の記事で詳しく扱っているため、この記事では「地域から歩いて通える学校が消えたこと」にしぼって書きます。
導入──岩田小学校がなくなった春、私が気になったこと
2026年3月31日、磐田市立岩田小学校が153年の歴史を閉じました。4月からは、岩田小・大藤小・向笠小の3校が統合された向陽小学校(向陽学府一体校)に、子どもたちが通うようになりました。
私は不動産と介護の仕事をしています。学区が変わる、通学の足が変わる、地域の集まりの場所が変わる。そうした話は、必ず住まいの相談とつながって私のところに来ます。物件を見に行けば「この家、学校まで歩いて行けますか」と聞かれますし、高齢の親御さんの相談では「昔、この学校に通っていた」という話が、地域を知る手がかりになります。
3校の統合、そして向陽学府新校舎の建設という大きな決定については、私は思うところがあり、別の記事で数字を挙げながら書きました。この記事では、その是非論を繰り返しません。そのかわり、もっと足元の話にしぼります。岩田地区という一つの地域から、歩いて通える学校が消えたことは、何を意味するのか。統合の是非とは別に、これは確かめておくべき事実だと思うからです。
まず事実──岩田小学校は、いつ、どのように閉じたか
岩田小学校の歴史は、明治6年(1873年)にさかのぼります。当初は「匂坂学校」という名前で、平松学校の分校として創立されました。明治9年に校舎を匂坂中村へ移転し、明治22年には学区が岩田村と指定されて「岩田尋常小学校」に改称。昭和16年に現在地(磐田市匂坂中987)へ校舎・校地を移し、昭和31年の磐田市合併にともなって「磐田市立岩田小学校」となりました。ここまでで、すでに80年以上が経っています。
その岩田小学校が、令和8年3月31日に閉校しました。3月14日には、全校児童が校舎の思い出をたどる謎解きゲーム「最後の冒険」が行われたと報じられています。88人の児童が16チームに分かれ、校庭を一輪車で回るミッションや早口言葉のミッションに挑戦し、最後の謎の答えは「志学之門」。大正6年(1917年)に築かれた赤レンガの門で、学校のシンボルだったそうです。6年生の児童は「全校生徒でやるイベントはなかなかないので、思い出に残りました」と話していました。153年という時間の重さを、最後は子どもたち自身の手で締めくくったのだと感じます。
岩田小学校の通学区域は、匂坂新・匂坂中・匂坂上・寺谷・寺谷新田の5地区でした。この5地区の子どもたちは、令和8年4月から向陽小学校区の子どもとして通うことになりました。統合先の向陽小学校は、磐田市向笠竹之内1162-2、向陽中学校と同じ敷地に令和8年4月に開校した新しい学校です。岩田小・大藤小・向笠小の3校を合わせて、令和8年5月1日現在の児童数は521人、通常学級は18学級です。
歩いて通える距離が変わったこと
岩田小学校は、匂坂中の住宅地の中にありました。5つの通学区域は、いずれも岩田小学校を中心に半径数百メートルから1キロ程度の範囲に収まる、いわば「歩いて通える距離」の学校でした。文部科学省の適正配置に関する手引でも、通学距離はおおむね4キロ以内、通学時間はおおむね1時間以内が一応の目安とされています。岩田小学校は、この目安のかなり内側にあった学校だったはずです。
統合先の向陽小学校は、旧向陽中学校の敷地です。岩田小学校の通学区域だった地区から見れば、これまでより離れた場所に学校ができたことになります。磐田市が地区ごとの通学距離や通学時間の基準を独自に定めているかどうかは、今回、市のサイトでは確認できませんでした。分かっているのは、通学の足として学府バスが用意されているという事実です。令和8年度当初予算では、学府バスの運行委託料が9,490万9千円、リース料が742万円。合わせて年に約1億200万円が計上されています。ただし、これは磐田市全体・全学府分の合計であり、岩田地区や向陽学府だけにかかっている額ではありません。
不動産の現場では、「小学校まで歩いて行けるかどうか」は、住まいを選ぶときによく聞かれる条件の一つです。歩いて通える距離に学校があるということは、子どもが一人で成長していく最初の行動範囲に、学校が含まれているということでもあります。介護の現場でも、「昔この道を通って学校に行った」という記憶が、認知症の方との会話の糸口になることがあります。統計に基づく話ではなく、あくまで私が現場で受けてきた実感ですが、歩いて通える学校が地域からなくなることは、通学の効率の問題だけでは測れないものを含んでいると、私は感じています。
評価──良い点を三つ
1つ、閉校を「ただ終わらせる」のではなく、児童自身が学校の歴史をたどる機会をつくったこと。謎解きゲーム「最後の冒険」は、153年分の記憶を大人が一方的に語るのではなく、子どもたちが自分の足で校舎を歩いて見つけていく形になっていました。閉校という重い出来事を、子どもの目線に合わせて扱った工夫だと思います。
2つ、旧校舎を、地域の防災の受け皿として残したこと。磐田市の指定避難所一覧(令和8年7月14日更新)には、「旧岩田小学校」が引き続き記載されており、避難対象地区は岩田全地区(匂坂上原を除く)とされています。学校としては閉じても、災害が起きたときの逃げ先が急になくなったわけではありません。これは率直に評価したい点です。
3つ、通学の足を「用意しないまま」にしなかったこと。歩いて通える距離ではなくなった子どもたちのために、学府バスという手段が用意されています。年約1億200万円という金額は、市全体・全学府分とはいえ、小さな支出ではありません。通えなくなる子どもを放置しない、という姿勢は評価できます。
注文──三つ
1つ。通学の距離や時間を、地区ごとの数字で示してほしい。「学府バスがあるから大丈夫」という説明だけでは、実際にどれくらい遠くなったのか、歩いて通える子はどれくらい残るのかが、外からは見えません。磐田市が独自の通学距離基準を持っているのかどうかも含めて、地区ごとの実情を数字で公表してもらえれば、保護者も地域も納得しやすくなるはずです。
2つ。旧岩田小学校の建物と跡地を、今後どうするのか早めに示してほしい。いまは指定避難所として残っていますが、これはあくまで暫定的な扱いのはずです。何年この形で使い続けるのか、建て替えや取り壊しの話が出るとすればいつなのか。跡地の使い道が決まらないまま時間だけが過ぎると、地域の側は「いつか無くなるかもしれない防災拠点」を抱えたまま過ごすことになります。福田地区でこれから始まるはまぼう学府の検討が動き出す前に、先に閉校した岩田地区での扱いを一つの実例として整理し、地域に説明しておくべきだと思います。
3つ。歩いて通えなくなった子どもたちの安全を、誰がどう見守るのかを継続的に説明してほしい。これまで徒歩通学の子どもたちを見守っていたのは、通学路沿いの住民や、地域の見守り活動でした。通学の形が変わったいま、その見守りの体制がどう変わったのか、変わっていないのかを、保護者向けに繰り返し伝えてほしいところです。制度が変わった直後は情報が行き渡りやすくても、数年たつと「前はどうだったか」を知らない家庭が増えていきます。
結論──統合の是非とは別に、消えたものがある
まとめます。岩田小学校は、明治6年から153年続いた学校でした。令和8年3月31日に閉校し、子どもたちは新しい向陽小学校に通うようになりました。統合そのものの是非は、この記事では扱いません。それでも、岩田地区という一つの地域から「歩いて通える学校」が消えたという事実は、統合の是非とは別に、確かに残ります。
153年分の記憶をどう地域に残すか。旧校舎と跡地をどう活かすか。歩いて通えなくなった子どもたちの安全を、これからどう支えていくか。これらは、統合が決まった後の「後片付け」ではなく、いまから先の地域づくりの一部だと私は考えています。閉校式が終わり、新しい校名に切り替わったあとこそ、地域が問われる番だと思うのです。
出典(2026年8月確認)
- 磐田市「施設ガイド 岩田小学校」(所在地=磐田市匂坂中987、電話0538-38-1854。「令和8年3月31日に閉校し、4月1日から向陽学府一体校〈向陽小学校〉として開校しました」。岩田小学校は大藤小学校・向笠小学校と統合) https://www.city.iwata.shizuoka.jp/shisetsu_guide/kosodate_shisetsu/shougakkou/1003300.html
- 磐田市立岩田小学校「学校紹介」(沿革=明治6年「平松学校の分校として創立『匂坂学校』と称する」、明治9年「校舎を匂坂中村46番地に移転」、明治22年「学区が岩田村と指定され、『岩田尋常小学校』と改称」、昭和16年「現在地へ校舎校地移転」、昭和31年「磐田市合併により、『磐田市立岩田小学校』と改称」) https://iwata-e.city-iwata.ed.jp/学校紹介
- 磐田市「小学校通学区」(岩田小学校の通学区域=匂坂新・匂坂中・匂坂上・寺谷・寺谷新田) https://www.city.iwata.shizuoka.jp/kosodate_kyouiku/shougakkou_cfuugakkou/tsugaku/1004411.html
- 磐田市「向陽学府小中一体校」(「令和8年4月に向陽小学校が開校し、向陽中学校と同じ校舎で小中一体校となりました」。岩田小学校・大藤小学校・向笠小学校は令和8年3月をもって閉校) https://www.city.iwata.shizuoka.jp/kyoiku/1014889/1014892/1008588/1008590.html
- 磐田市「令和8年5月1日現在 小中学校 児童生徒数/学級数」(向陽小=521人・通常18学級) https://www.city.iwata.shizuoka.jp/kosodate_kyouiku/shougakkou_cfuugakkou/shougakkou/1004407.html
- 磐田市「指定避難所一覧 磐田地区」(令和8年7月14日更新。「旧岩田小学校」=岩田全地区〈匂坂上原を除く〉を避難対象地区として掲載) https://www.city.iwata.shizuoka.jp/bousai_anzen/bousai/hinanjo/1001128.html
- 磐田市「令和8年度 当初予算」当初予算説明資料(新たな学校づくり整備事業=学府バス運行業務委託料9,490万9千円・学府バスリース料742万円) https://www.city.iwata.shizuoka.jp/shiseijouhou/gyouzaisei/yosan/1015750.html
- 静岡朝日テレビ(Yahoo!ニュース)「あす153年の歴史に幕を下ろし閉校する小学校で全校児童が学校の思い出をたどる謎解きゲーム『最後の冒険』に挑戦 静岡・磐田市立岩田小学校」(14日で153年の歴史に幕、全校児童88人が16チームに分かれて挑戦、最後の謎の答えは「志学之門」=大正6年築の赤レンガ門) https://news.yahoo.co.jp/articles/f5d9057fd972d53d5a6e05c14f28ea9a5852108f
- 文部科学省「公立小学校・中学校の適正規模・適正配置等に関する手引」(通学距離=「小学校でおおむね4㎞以内」、通学時間=「おおむね1時間以内」を一応の目安) https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/tekisei/1413885_00007.htm
※学府バスの運行費「年約1億200万円」は、令和8年度当初予算説明資料に記載された運行業務委託料とリース料を筆者が合算した、磐田市全体・全学府分の合計です。岩田地区や向陽学府だけにかかっている費用ではありません。磐田市が地区ごとの通学距離・通学時間の基準を独自に定めているかどうか、旧岩田小学校の跡地や旧校舎の今後の活用方針については、今回、市のサイトで確認できなかったため本文に書いていません。不動産・介護の現場で「歩いて通える学校」の価値について書いた部分は、筆者が現場で受けた相談の範囲での実感であり、統計調査に基づくものではありません。ご自身に関わることを確認する際は、必ず磐田市教育委員会事務局へお問い合わせください。

