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磐田市はどこにあるか

/磐田市で暮らす大石浩之(大石ひろゆき)が調べてまとめました。

磐田市がどこにあるかを一言でいうと、静岡県の西部、天竜川の東岸に広がり、南は遠州灘に面した一帯だ。日本列島のほぼ中央にあたる位置で、江戸時代には東海道の宿場町として栄えた土地であり、いまもJR東海道本線と国道1号が市の中心を貫いている。新幹線の停車駅がある浜松市の、すぐ東隣にあるまちと言えば距離感がつかみやすいかもしれない。

「磐田」という地名だけでは、県外の人にはどこの都市かイメージしづらいかもしれない。目印になるのは西隣の浜松市だ。天竜川を挟んで西側が浜松市、東隣が袋井市、北側には周智郡森町が接している。この記事では磐田市の位置関係と、現在の磐田市がどのようにして今の形になったのかを、2005年の合併の経緯とあわせて整理する。

磐田市の基本データ早見表

所在地静岡県西部(遠州地域)、天竜川東岸・遠州灘沿い
面積約163.34平方キロメートル
人口163,321人(令和8年6月末時点、世帯数72,400世帯)
隣接自治体浜松市(中央区・浜名区・天竜区)、袋井市、周智郡森町
現在の磐田市の発足2005年(平成17年)4月1日
合併した旧市町村磐田市・豊田町・竜洋町・福田町・豊岡村(1市4町村)

人口・世帯数は磐田市公式サイトの統計ページに基づく令和8年6月末時点の数値です。最新の数値は磐田市公式サイトで確認してください。

静岡県のどこにあるか——天竜川と遠州灘に挟まれた台地

磐田市がどこにあるかを地形から説明すると、磐田原台地と呼ばれる台地の上に市街地が広がり、西側の境を天竜川が流れ、南側は遠州灘の海岸線に接している。磐田原台地は、天竜川の西岸に広がる三方原台地と同じ時期にできた洪積台地で、標高はおよそ10メートルから120メートルほどある。東西約11.5キロメートル、南北約27.1キロメートルと南北に長い市域で、面積は約163.34平方キロメートルある。

位置としては東海道の中間地点にあたり、江戸時代には東海道五十三次の見付宿として旅人や物資が行き交った。現在もJR東海道本線と国道1号が市内を東西に貫いており、浜松市や掛川市・袋井市との間の行き来が日々の生活の前提になっている。車での移動では、東名高速道路の磐田インターチェンジが市内にあるほか、新東名高速道路の遠州森町スマートICも北部から利用しやすい。台地の上はかつて地下水が得にくく開発が遅れた土地だったが、灌漑用水の整備が進み、畑地や茶園としての利用が広がってきた歴史もある。

静岡県磐田市としての規模——人口とこれまでの歩み

静岡県磐田市の人口は、磐田市公式サイトの統計によると令和8年6月末時点で163,321人(男性82,487人、女性80,834人)、世帯数は72,400世帯となっている。このうち外国人住民は10,121人を数え、さまざまな国籍の住民が暮らすまちでもある。面積163.34平方キロメートルに163,321人が暮らす計算になるので、人口密度はおおよそ1平方キロメートルあたり1,000人という水準だ。

奈良時代にはこの地に遠江国の国府と国分寺が置かれ、古くから遠州地方の中心地のひとつだった歴史を持つ。ヤマハ発動機の本社(磐田市新貝2500)が置かれているように、いまも製造業が根を張る土地であり、海・山・川がそろう地形の中に、東海道本線沿いの平野部と、天竜川沿い・磐田原台地上の住宅地・農地が混在しているのが、生活圏としての静岡県磐田市の特徴だ。数値の最新版は磐田市公式サイトの統計ページで確認してほしい。

磐田の合併の歴史——2005年に1市4町村がひとつに

いまの磐田市は、2005年(平成17年)4月1日の合併でできた。旧磐田市に、磐田郡の豊田町・竜洋町・福田町・豊岡村が加わり、1市4町村が統合して新しい「磐田市」が発足した。いわゆる平成の大合併のなかで行われたもので、静岡県内でも同時期に多くの市町村再編があった。

住所の表記は、旧市町村名がそのまま「磐田市」に変わった地域が多く、地番や郵便番号自体は変更されていない。ただし同じ字名が重なる地域では、たとえば福田町の「小島」が「東小島」に、竜洋町の「中島」が「竜洋中島」になるなど、大字名の一部が変更された。磐田市と福田町にまたがっていた「大原」、磐田市と豊田町にまたがっていた「一言」は、それぞれ磐田市の地名として統一されている。こうした経緯があるため、いまの磐田市の住所や通称地名には、旧町村の名残がところどころに残っている。

現場メモ:現場メモ——不動産の現場で聞かれる「磐田のどこ」

不動産の仕事をしていると、県外から問い合わせてくる人にまず聞かれるのが「磐田って浜松のどのへんですか」という質問だ。天竜川の東側で、遠州灘寄りか、磐田原台地の上か、それとも旧豊田町・旧福田町のエリアかで、通勤の便も学区も水はけの実感もかなり違う。

旧市町村の境目は住所からは消えているが、地元の人の会話では今でも「福田のほう」「豊田のほう」「見付のほう」という言い方が普通に残っている。物件を案内するときも、この旧町名ベースの言い方のほうが地元の人には伝わりやすいと感じることが多い。田んぼの広がる旧豊岡村や旧竜洋町のあたりで空き家の相談を受けることも増えていて、同じ磐田市内でも駅に近い旧磐田市中心部とは土地の使われ方も、買い手が気にするポイントもかなり違うと感じている。

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