この記事について。本記事は要約版として先行公開していたものを、公的資料に基づいて全面的に書き直しました(本文の確認は2026年8月)。公開日は当時のままにしています。

導入――「キャリア教育はいらない」という声は、どこから来るのか

「職場体験なんて、たった1日か2日で何が変わるのか」「授業時間を削ってまでやることか」。学校のキャリア教育に対して、こうした声を聞くことがあります。私は不動産と介護の仕事をしていて、教育の専門家ではありません。それでも、地域の企業や店に協力を求める場面が多い仕事柄、学校からキャリア教育の相談を受けることがあり、この問いを他人事とは思えずにいます。

「いらない」という声の中身をよく見ると、キャリア教育そのものへの反対というより、やり方への疑問であることが多いように感じます。職場体験が1回きりのイベントで終わっている、進路の話が「将来の夢」を早く決めさせることに偏っている、ただでさえ限られている授業時間をさらに圧迫している。こうした具体的な不満です。

今日は、この声を頭ごなしに否定せず、かといって「いらない」で終わらせず、磐田市の制度と国の統計を確かめながら、是々非々で考えます。良いところは良いと書き、足りないところは足りないと書きます。

磐田市のキャリア教育事業(講師派遣事業)。対象は小学5年生から高校3年生、講師は市内の起業家・企業従事者、謝礼なし・登録無料
図1 磐田市のキャリア教育事業(講師派遣事業)の仕組み。

まず事実――磐田市のキャリア教育事業(講師派遣事業)

磐田市は「人材活用制度(事業)一覧」のページで、キャリア教育事業(講師派遣事業)を紹介しています。市内の起業家や企業に勤める人を小中学校・高校に講師として派遣し、子どもたちが地域の産業や職業について知識を広げ、社会的・職業的な自立に必要な力を身につけることを目的としている制度です。

対象は小学5年生から高校3年生までで、市内の小学校・中学校・高校が利用できます。講師はボランティアのため謝礼はなく、材料費などが必要な場合は学校と講師の間で相談する形です。講師としての登録費用は無料で、登録はオンラインフォームから行い、実施日程は学校と講師が直接連絡を取り合って決めます。問い合わせ先は産業政策課(電話0538-37-4904)です。

この制度の特徴は、小学5年生という早い段階から高校3年生まで、長い期間にわたって同じ枠組みで地域の大人と接点を持てるようにしている点です。単発の職場体験とは別に、市内の大人が講師として学校に出向く経路を、市が用意しているということになります。

私は仕事柄、地域の店舗や事業者と接する機会が多いのですが、こうした講師派遣の話は、思っている以上に事業者側にも歓迎されます。自分の仕事を子どもに説明する経験は、働く側にとっても、日ごろの仕事を振り返る良い機会になるからです。制度が「学校側の負担」だけでなく「地域側の参加しやすさ」も考えて設計されている点は、見落とされがちですが大事なところだと思います。

国の職場体験――実施率はコロナ前後でどう変わったか

キャリア教育の代表的な取り組みが、中学校の職場体験です。文部科学省は「中学校職場体験ガイド」で、職場体験を「働くことの意義や目的を理解する、望ましい勤労観、職業観を育むまたとない機会」と位置づけ、学ぶことや働くこと、生きることの尊さを実感を持って理解させる役割があるとしています。

キャリア教育そのものの定義も、文部科学省が明確に示しています。「一人一人の社会的・職業的自立に向け、必要な基盤となる能力や態度を育てることを通して、キャリア発達を促す教育」というものです。職業を選ばせることそのものが目的ではなく、社会の中で自立していくための力を育てる教育、という位置づけです。

ただし、実施の状況は近年大きく揺れています。国立教育政策研究所の調査によれば、公立中学校2年生が職場体験を実施した割合は、2019年度が98.0%だったのに対し、2021年度は28.5%まで落ち込みました。新型コロナウイルスの感染拡大で、企業側が生徒の受け入れを控えたことが大きな要因と報じられています。文部科学省はこの後、2023年3月に「中学校・高等学校キャリア教育の手引き」を改訂し、体制の立て直しを図っています。

つまり、「職場体験が単発で薄くなっている」という印象を持つ人がいたとしても、それは思い込みだけではなく、実際に全国規模で実施率が大きく落ち込んだ時期があったということです。ここは事実として押さえておく必要があります。

公立中学校2年生の職場体験実施率。2019年度98.0%から2021年度28.5%へ大幅に低下。国立教育政策研究所の調査による
図2 公立中学校2年生の職場体験実施率の推移。

評価――良い点を三つ

1つ、費用をかけずに地域とつながる仕組みを、市がすでに用意していること。講師は謝礼なしのボランティアで、登録費用も無料です。財源が乏しくても回る設計になっているのは、地味に見えて重要なところです。予算を理由に「できない」と言われがちな取り組みが、すでに動いている実例だと言えます。

2つ、対象年齢を小学5年生から高校3年生まで、長く区切らずに設計していること。単発の職場体験だけに頼らず、発達段階に応じて何度も地域の大人と接点を持てる仕組みになっています。1回きりのイベントで終わらせない、という考え方が、制度の作り自体に組み込まれていると私は見ています。

3つ、窓口が明確なこと。キャリア教育事業(講師派遣事業)は産業政策課、就学援助のような困窮世帯の支援は教育総務課というように、磐田市は担当課を分けて公表しています。「誰に聞けばよいか分からない」という状態を避けている点は、素直に評価してよいと思います。学校の先生からしても、講師探しを一から自分で行うより、市が窓口になっている登録制度を使えるほうが、負担は軽くなるはずです。

注文――三つ

1つ。単発で終わらせない仕組みを、もっと見える形にしてほしい。制度としては小学5年生から高校3年生まで続けられるようになっていても、実際に一人の子どもが何回、どんな講師と接点を持ったのかは、外からは分かりません。「今年は何校で何回、講師派遣が行われたか」という実施実績を、就学援助の周知と同じように、定期的に公表してほしいところです。

2つ。講師の分野に偏りが出ていないか、点検してほしい。講師登録がオンラインで自由にできる仕組みは良い反面、特定の業種の人が声を上げやすく、そうでない業種の人には情報が届きにくい、という偏りが起きがちです。ものづくり、農業、福祉、医療、行政など、子どもたちが実際に地域で出会う仕事の幅を、講師の分野が反映できているか。ここは自己点検の対象にしてほしいと思います。

3つ。「職場体験が薄くなった時期があった」という事実を、正直に共有してほしい。コロナ禍で全国的に実施率が落ち込んだことは、学校や家庭に十分伝わっていないのではないかと感じます。「うちの子の代は職場体験が薄かった」と感じている保護者がいるとすれば、それは思い過ごしではなく、実際にそうだった可能性があるということです。過去の状況を隠さずに示した上で、今どこまで立て直せているのかを、あわせて伝えてほしいと思います。

結論――「いらない」のではなく、「単発で終わらせない」ことが必要

まとめます。

キャリア教育そのものは、文部科学省が「社会的・職業的自立に向けた力を育てる教育」として明確に位置づけている取り組みで、なくしてよいものではないと私は考えます。問題は、キャリア教育の必要性ではなく、単発のイベントで終わらせてしまうやり方にあるというのが、私の見立てです。

磐田市には、小学5年生から高校3年生まで長く使える講師派遣の仕組みが、すでにあります。これは他の自治体に説明しても恥ずかしくない土台だと思います。足りないのは制度そのものではなく、その制度がどれだけ実際に使われ、どれだけ日常に埋め込まれているかを、市民に見える形にすることです。

「キャリア教育はいらない」という声に対する私の答えは、廃止ではありません。単発で終わらせず、日常の中に埋め込んでいくこと。そのために、今ある制度の使われ方を、もっと見える形にしていくこと。それが、この声への一番まっとうな返し方だと思います。

子どもが「将来の夢」をひとつに絞り込むことよりも、地域には色々な仕事や生き方があると知ること自体に、価値があると私は考えます。磐田市の講師派遣の仕組みは、その入り口としてすでに機能しています。あとは、その入り口をどれだけ多くの子どもが、どれだけ繰り返し通れるようにするか。ここに、これからの改善の余地があると思います。

出典(2026年8月確認)

  • 磐田市「人材活用制度(事業)一覧」(キャリア教育事業〈講師派遣事業〉=市内の起業家・企業従事者を小中学校・高校に講師として派遣し、地域産業・職業についての知識と、社会的・職業的自立に必要な力を育てる。対象=小学5年生〜高校3年生。謝礼なし〈材料費等は学校と相談〉、登録費用無料、登録はオンラインフォーム、日程調整は学校と講師が直接。問い合わせ=産業政策課 電話0538-37-4904) https://www.city.iwata.shizuoka.jp/kurashi_tetsuzuki/chiiki_kouryuu/kyoudou_machizukuri/1001700.html
  • 文部科学省「キャリア教育」(「キャリア教育」の定義=「一人一人の社会的・職業的自立に向け、必要な基盤となる能力や態度を育てることを通して、キャリア発達を促す教育」) https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/career/index.htm
  • 文部科学省「中学校職場体験ガイド」第1章 職場体験の基本的な考え方(職場体験=「働くことの意義や目的を理解する、望ましい勤労観、職業観を育むまたとない機会」) https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/career/05010502/026/001/001.htm
  • 文部科学省「中学校・高等学校キャリア教育の手引き」(2023年3月発行) https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/career/detail/mext_00010.html
  • 教育新聞「職場体験活動の実施割合大幅減 文科省が企業に協力要請」(国立教育政策研究所「職場体験・インターンシップ実施状況等調査結果」を引用し、公立中学校2年生の職場体験実施率が2019年度98.0%から2021年度28.5%へ低下したと報道) https://www.kyobun.co.jp/article/20230222-04

※実施率の数値は、国立教育政策研究所の調査結果を報じた教育新聞の記事に基づくものです。同調査の元データそのものは本記事作成時点で個別に確認できていません。磐田市内の学校ごとの職場体験実施率・講師派遣事業の年間実績件数については、公表資料で確認できなかったため本文には記載していません。制度の内容、対象年齢、問い合わせ先は変更される場合があります。最新の情報は磐田市産業政策課(0538-37-4904)へお問い合わせください。