導入——12日前に「1,153円になる」と書いて、外しました
8月5日に、私はこのサイトでこう書きました。
国の中央最低賃金審議会が7月28日に示した目安は、静岡が属するBランクで56円。いまの静岡県最低賃金1,097円に足せば1,153円。だから記事のタイトルにも1,153円と書きました。
その記事の中で、私はひとこと添えていました。「目安は目安です」と。
そして、外れました。
8月12日(水)、静岡地方最低賃金審議会が静岡労働局長に答申した額は、1,154円。引上げ額は57円でした。
1円です。たった1円ですが、この1円には意味があります。静岡が国の目安を上回ったのは、12年ぶりだと報じられています。
そしてもう一つ、私が読み落としていた数字がありました。発効日です。
令和8年10月15日。
去年の発効日は11月1日でした。今年は、それより17日早い。しかも、月の途中です。
この「10月15日」という日付が、磐田で人を雇っている側にも、時給で働いている側にも、じわじわ効いてきます。今日は8月17日。まだ、間に合う手続きが二つ残っています。
まず、事実を整理する——8月12日に何が決まったか
静岡労働局の発表を、そのまま並べます。
- 答申日:令和8年8月12日(水)
- 審議会:静岡地方最低賃金審議会(会長・畑隆氏)
- 改定額:時間額1,154円(現行1,097円)
- 引上げ額:57円/引上率5.20%
- 国の目安:56円(Bランク)=答申は目安プラス1円
- 発効予定日:令和8年10月15日
- 異議申出の受付:令和8年8月27日まで
ここで大事なのは、答申はまだ「決定」ではないということです。異議申出の受付など所定の手続を経てから、静岡労働局長が正式に決定します。ただし、答申がひっくり返ることは実際にはまずありません。10月15日は、動くと思って準備するのが実務です。
静岡の下限が、この6年でどう動いてきたかも並べておきます。
5年前の913円と比べると、241円、26.4%の上昇です。週20時間働く人なら、月にしておよそ2万円ちがう。これは「話題」ではなく、家計の実額です。
なぜ「プラス1円」だったのか——理由は、人口流出だった
ここが、私がいちばん引っかかったところです。
審議会の中では、労働側が「物価高の中で春闘の賃上げを非正規にも広げるべきだ」として目安を大きく上回る引上げを求め、経営側は「価格転嫁が進まず、円安でコストも上がっている」として緩やかな引上げを主張したと報じられています。ここまでは、どこの県でも毎年やっているやり取りです。
問題は、その1円を積んだ理由です。審議会の会長は、こう説明したと報じられました。
「人口流出で労働力の定着が課題になる中、近隣地域の状況を踏まえた結果」。
これは、率直に言って、重い言葉だと思います。
静岡県の東は神奈川、西は愛知です。そして磐田は、その「西の端」に近い。浜松のさらに向こうに豊橋があり、名古屋がある。愛知はAランクで、静岡はBランクです。時給の下限そのものに、県境をまたいだ差がついている。
私は不動産の仕事で、賃貸の入居申込書を毎月見ています。勤務先の欄に、県外の事業所名が書かれていることは珍しくありません。逆に、磐田の実家を出て愛知へ移った、という相談も受けます。
「近隣地域の状況を踏まえた」というのは、噛みくだけば「隣に人を取られている」ということです。県の審議会がそれを公の場で理由に挙げた。私はこの1円を、賃上げのニュースというより人口のニュースとして読みました。
「10月15日」が、磐田の現場に効く三つのこと
金額よりも、日付のほうが実務を動かします。順に書きます。
1.月の途中で単価が変わる。給与計算が、10月だけ二本立てになる。
去年の発効日は11月1日でした。月初なので、10月分は全部1,034円、11月分は全部1,097円で計算すればよかった。
今年は10月15日です。月末締めの事業所なら、10月1日から14日までは1,097円、15日から31日までは1,154円。同じ1か月の給与明細の中に、単価が二つ並びます。
大きな会社なら給与ソフトが自動でやってくれます。問題は、そうでないところです。従業員が3人4人の商店、家族経営の飲食店、小さな介護事業所。エクセルや手計算でやっているところは、10月分だけ手順が変わります。ここを見落とすと、悪意なく最低賃金を割ります。
2.業務改善助成金の窓が、44日しかない。
これが今回いちばん実利のある話だと思います。
業務改善助成金は、事業場内でいちばん低い時給を50円以上引き上げ、あわせて生産性を上げる設備投資などをした中小企業に、その費用の一部を助成する制度です。厚生労働省は、令和8年度の申請受付を9月1日から開始すると案内しています。
そして、社会保険労務士など実務家の解説によれば、令和8年度の申請期限は「その都道府県の地域別最低賃金の発効日の前日」または「令和8年11月30日」のいずれか早い日とされています。
静岡の発効日は10月15日です。つまり、静岡の事業者にとっての締切は10月14日。9月1日から数えて、44日間しかありません。
発効が11月30日以降の県なら11月30日まで使えます。発効が早い県ほど、窓が短い。静岡は今年、早いほうに回りました。「賃上げが早い」ことの裏側で、「助成金の締切も早い」というおまけがついてきます。ここは、ぜひ静岡労働局に直接確認してから動いてください。
3.産業別の最低賃金が、地域別に追い越される。
磐田では、これが静かにいちばん大きい話です。
静岡県には、地域別の最低賃金とは別に「特定(産業別)最低賃金」があります。現在の額は、
- はん用機械器具・生産用機械器具・業務用機械器具・輸送用機械器具製造業=1,133円
- 鉄鋼・非鉄金属製造業=1,117円
いずれも令和7年12月21日発効です。輸送用機械器具製造業——磐田で言えば、二輪・四輪まわりの現場です。
10月15日に地域別が1,154円になると、1,154円 > 1,133円 > 1,117円。産業別のほうが低くなります。最低賃金は高いほうが適用されるので、この日から産業別の額は実質的に意味を持たなくなります。
産業別の改定は例年12月発効です。10月15日から12月中旬までのおよそ2か月、「製造業だから少し高い」という前提が、いったん消える。賃金表を産業別に合わせて組んでいる事業所は、ここを踏み外しやすい。
働く側にも、一つ計算しておくことがあります
時給が上がると、「130万円まで」で働き方を調整している人は、働ける時間が減ります。
単純に割り算をします。年130万円に収めようとすると、
- 1,097円なら、年約1,185時間
- 1,154円なら、年約1,126時間
差は約59時間。月にならすと、およそ5時間ぶん、シフトを削ることになります。
これは働く人だけの問題ではありません。雇っている側から見れば、11月・12月にシフトの穴が空くということです。年末は、小売も飲食も介護も、いちばん人手が要る時期です。
私の実感では、この調整は毎年「11月に入ってから気づく」ことが多い。今年は発効が10月15日ですから、気づくのがもう半月早く来ます。
評価——良い点を三つ、注文を三つ
まず、良いと思う点から。
1つ目。目安に「プラス1円」を積んだこと。
金額としては1円です。けれど、地方の審議会が国の目安を上回るのは12年ぶりだといいます。「目安どおりに書き写す」ことをやめたという点で、これは静岡の意思表示だと受け取りました。
2つ目。理由を、言葉で説明したこと。
「人口流出で労働力の定着が課題」「近隣地域の状況を踏まえた」。数字の裏にある判断を、会長が公の場で言葉にした。審議会というのは、たいてい結論だけが出てきて理由が見えません。今回はそこが見えた。評価します。
3つ目。答申と同時に、異議申出の受付を告知したこと。
静岡労働局は、答申の発表と一体で「答申内容に対する異議申出を受け付けます」と、8月27日という期限つきで案内しています。決まった後に知らせるのではなく、決まる前に口を開けている。この順番は、正しい。
そのうえで、注文を三つ。
1つ目。磐田市の側から、この話がまったく出てこない。
最低賃金は国と県の仕事です。それは分かっています。でも、磐田で人を雇っているのは磐田の事業者です。
県内の他市を見ると、掛川市も袋井市も御前崎市も伊東市も、市の公式サイトに「静岡県最低賃金のお知らせ」というページを持っています。磐田市の雇用支援のページは、最低賃金については静岡労働局のサイトを見てください、という案内にとどまっています。
リンク1本の差だと思われるかもしれません。けれど、締切のある話では、その1本が届くか届かないかを分けます。
2つ目。「10月15日」という日付そのものが、周知されていない。
ニュースは「1,154円」を見出しに打ちます。実務で事故が起きるのは金額ではなく日付のほうです。月の途中に発効するという点は、今回いちばん注意が要るところなのに、いちばん伝わっていない。
3つ目。市が雇っている人の時給は、どうなるのか。
磐田市も、会計年度任用職員として多くの人を時給で雇っています。事務、保育、給食、相談窓口。市の報酬額は、10月15日に自動で追いかけるのか。それとも年度の切り替わりまで据え置くのか。
私はここを、批判ではなく質問として書いています。市の報酬は条例と規則で決まるので、たしかに一日で動かせるものではない。だからこそ、いつ・どう追いかけるのかを先に言ってほしい。民間に「上げてください」と言う立場なら、なおさらです。
対案・結論——今日から10月15日まで、四つ
第一に、市の公式サイトに「静岡県最低賃金1,154円・10月15日発効」の1ページを置くこと。
他市がすでにやっていることです。新しい制度も予算も要りません。金額・発効日・磐田労働基準監督署の電話番号(0538-32-2205)・業務改善助成金の窓口。この4行で足ります。
第二に、そのページを9月1日までに出すこと。
10月に出したら遅い。業務改善助成金の受付が始まるのが9月1日で、静岡の締切は10月14日と見込まれるからです。44日しかない窓を、市の広報が半分潰してしまってはもったいない。
第三に、事業者向けに「10月分の給与計算は二本立てになります」と一言添えること。
金額の告知だけなら労働局のコピーです。月の途中発効という注意書きを足せるかどうかが、市の広報の腕の見せどころだと思います。商工会議所・商工会の会報に一枚挟むだけでも、届く先はかなり違います。
第四に、これは私たちの側の話。異議申出の期限は、8月27日です。
「1,154円では足りない」でも「57円は急すぎる」でも、どちらでも構いません。異議を言う窓は、いま開いています。閉まるのは8月27日です。
今日は8月17日。あと10日あります。
最後に一言。
私は不動産の仕事をしています。賃貸の入居審査で、毎月いろいろな給与明細を見ます。
時給1,154円で週20時間なら、月におよそ10万円。磐田のアパートの家賃相場を思い浮かべながら、その数字を見ています。家賃、光熱費、車の維持費。この地域では車が要ります。10万円は、余る額ではありません。
だから57円という数字を、私は「もらいすぎ」だとも「まだ足りない」だとも、簡単には言えません。払う側の顔も、もらう側の顔も、どちらも知っているからです。小さな会社を回している人が、57円×人数×時間を電卓で叩いて黙り込む顔も、見てきました。
ただ、一つだけはっきり言えることがあります。
この57円は、静岡が「人が出ていく県」だと自分で認めた上で積んだ1円です。「近隣地域の状況を踏まえた」——審議会の会長がそう言った。それは、賃金の話であると同時に、磐田がこの先も人に選ばれる場所でいられるかという話です。
10月15日に、磐田の求人チラシの数字が書き換わります。
そのとき、誰が先に上げるのか。下限に張りついたまま追いかける店なのか、下限より先に上げて人を確保する店なのか。そして、市はどちらの側に立つのか。
あと59日です。私は、その日を見ています。
出典(2026年8月確認)
- 静岡労働局「令和8年度静岡県最低賃金の改正答申について/答申内容に対する異議申出を受け付けます」(答申日=令和8年8月12日、静岡地方最低賃金審議会〈会長・畑隆〉から静岡労働局長へ答申。改定額=時間額1,154円、現行1,097円、引上げ額57円、引上率5.20%。中央最低賃金審議会の目安56円〈Bランク〉にプラス1円。発効予定日=令和8年10月15日。異議申出の受付は令和8年8月27日まで。異議申出等の手続を経て静岡労働局長が決定) https://jsite.mhlw.go.jp/shizuoka-roudoukyoku/news_topics/newpage_00035.html
- 厚生労働省「令和8年度地域別最低賃金額改定の目安について」(令和8年7月28日、第75回中央最低賃金審議会が答申。目安=Aランク54円、Bランク56円、Cランク56円。静岡県はBランク。目安どおりなら全国加重平均1,176円、引上げ額55円、引上げ率4.9%〈前年度は66円・6.3%〉) https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_74920.html
- 中日新聞しずおかWeb「静岡県内最低賃金1154円へ 上げ幅57円、国の目安を12年ぶりに上回る」(2026年8月12日答申。目安超えは12年ぶり。労働者側は物価高を背景に大幅な引上げを、経営側は価格転嫁の遅れと円安によるコスト増を理由に緩やかな引上げを主張。審議会会長は「人口流出で労働力の定着が課題になる中、近隣地域の状況を踏まえた結果」と説明) https://www.chunichi.co.jp/article/1295563
- 静岡朝日テレビ「最低賃金を現在の1097円から1154円へ 審議会が静岡労働局長へ答申」(新たな最低賃金1,154円は10月15日から。県内では6年連続の増額で、過去最大だった前年の63円に次ぐ2番目の引上げ幅) https://news.yahoo.co.jp/articles/4274f84f794034eec4f553685d5589771b5c6405
- 静岡県「静岡県の最低賃金」(地域別=時間額1,097円、令和7年11月1日発効。特定〈産業別〉最低賃金:はん用機械器具・生産用機械器具・業務用機械器具・輸送用機械器具製造業=1,133円〈改正前1,073円、令和7年12月21日発効〉、鉄鋼・非鉄金属製造業=1,117円〈改正前1,057円、同日発効〉、電子部品・デバイス・電子回路・電気機械器具・情報通信機械器具製造業は本年度改正なし。ページ更新日2025年11月21日) https://www.pref.shizuoka.jp/sangyoshigoto/shuroshien/rodoseisaku/rodokankyo/1003237/1026044.html
- 静岡労働局「令和7年度『静岡県最低賃金』の改正を決定しました」(改定額1,097円、改定前1,034円、引上げ額63円、答申=令和7年9月19日、官報公示=令和7年10月2日、発効=令和7年11月1日) https://jsite.mhlw.go.jp/shizuoka-roudoukyoku/roudoukyoku/roudou/chingin/newpage_00042.html
- 厚生労働省「業務改善助成金」(令和8年度の申請受付開始=令和8年9月1日。事業場内最低賃金を一定額以上引き上げ、生産性向上に資する設備投資等を行う中小企業・小規模事業者が対象。労働者がいない場合は対象外。助成上限額は引上げ額と引き上げる労働者数により変動し、10人以上の区分は特例事業者が対象) https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/zigyonushi/shienjigyou/03.html
- 令和8年度業務改善助成金の申請期限について(社会保険労務士等の実務解説による。「申請事業所の都道府県で適用される地域別最低賃金の発効日の前日、または令和8年11月30日のいずれか早い日」。コースは50円・70円・90円の3区分、助成率は引上げ前の事業場内最低賃金が1,050円未満で4/5、1,050円以上で3/4。事業完了期限は交付決定年度の1月31日) https://www.dawnlight.co.jp/articles/2026-gyomu-kaizen-joseikin-kaisetsu
- 静岡県最低賃金の年度別推移(令和3年度913円〈+28円、10月2日発効〉、令和4年度944円〈+31円、10月5日発効〉、令和5年度984円〈+40円、10月1日発効〉、令和6年度1,034円〈+50円、10月1日発効〉、令和7年度1,097円〈+63円、11月1日発効〉) https://saichin.net/?p=22
- 磐田市「雇用にかかる支援」(職業総合相談=ワークピア磐田1階、パートタイマー就職相談面接会、内職相談、外国人総合相談、西部県民生活センター労働相談窓口=053-452-0144、ハローワーク磐田=0538-32-6181。最低賃金については静岡労働局のホームページを案内。担当=経済産業部 創業・雇用推進グループ 電話0538-37-4904) https://www.city.iwata.shizuoka.jp/sangyou_business/koyoutaisaku_shien/1002261.html
- 掛川市「静岡県の最低賃金について」/袋井市「静岡県最低賃金のお知らせ」/御前崎市「静岡県最低賃金の改正のお知らせ」(県内他市が市公式サイトに最低賃金の周知ページを設けている例) https://www.city.kakegawa.shizuoka.jp/gyosei/docs/9204.html
※本記事の金額・日付は、令和8年8月12日の答申時点の内容です。静岡県最低賃金は異議申出の受付など所定の手続を経て静岡労働局長が正式に決定するため、確定額・発効日は変わる可能性があります。業務改善助成金の申請期限(「地域別最低賃金の発効日の前日または令和8年11月30日のいずれか早い日」)は実務解説にもとづく記載であり、静岡県での正確な期限は必ず静岡労働局または最寄りの労働基準監督署(磐田労働基準監督署 電話0538-32-2205)にご確認ください。特定(産業別)最低賃金の令和8年度改定については本記事執筆時点で公表されておらず、12月発効という記述は過去の例からの見込みです。130万円をめぐる年間労働時間の試算は、時給のみを単純に割って算出した目安であり、実際の社会保険や税の扱いは個々の勤務形態・事業所の規模により異なります。磐田市の会計年度任用職員の報酬の取扱いについては、市が方針を公表していることを確認したものではありません。最新の情報は静岡労働局・厚生労働省・磐田市の公式サイトでご確認ください。
