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磐田市掛塚地区の歴史とまつり・灯台

/磐田市で暮らす大石浩之(大石ひろゆき)が調べてまとめました。

磐田市の掛塚は、天竜川の河口近く、市の南部に位置する地区です。江戸時代から明治時代にかけて、廻船と川運でにぎわった港町としての歴史を持ち、今も貴船神社の例祭「掛塚まつり」や、明治期から灯り続ける掛塚灯台など、当時の面影を伝える場所が地区のあちこちに残っています。

この記事では、掛塚という地名の背景にある港町の歴史、県指定文化財に指定されている屋台囃子を中心とした掛塚まつり、そして海辺のランドマークである掛塚灯台について、確認できた事実を中心に紹介します。掛塚で暮らす人にも、初めて訪ねる人にも役立つよう、行事の日程などは年により変わる点も含めて整理しました。最新情報は必ず公式の窓口で確認してください。

掛塚の早見表

エリア磐田市南部、天竜川河口の左岸(郵便番号438-0234)
歴史的な性格江戸〜明治期に廻船・川運で栄えた港町
掛塚まつり貴船神社の例祭。例年10月に宵祭り・本祭りの2日間で開催
掛塚祭屋台囃子静岡県指定無形民俗文化財
掛塚灯台1897年(明治30年)初点灯。現在も現役で稼働する灯台
最新情報の確認先行事日程・アクセスなどは磐田市公式サイトや磐田市観光協会で確認する

掛塚まつりの日程・時間は年により異なります。出かける前に磐田市観光協会などの最新情報を確認してください。

天竜川河口に残る港町・掛塚の歴史

磐田市の掛塚は、天竜川の河口近く、左岸に位置する地区です。江戸時代から明治時代にかけて、大坂と江戸を結ぶ廻船の中継地として、また天竜川の上流から流れてきた木材や荷を積み替える港として栄え、遠州の小江戸とも呼ばれるほどの賑わいがあったと伝えられています。

廻船で財を成した商家は、江戸からの帰り船に伊豆石を積んで持ち帰り、その石を使った蔵造りの建物を構えたといわれています。地区を歩くと、当時の商家や蔵の面影を残す町並みに出会うことができ、港町として栄えた時代の厚みを感じさせます。

当時の繁栄を伝える史跡も残っています。竜洋海洋公園には掛塚湊の碑があり、貴船神社の境内には大正13年に建てられた掛塚港廻船之碑、白羽神社には船を描いた絵馬が奉納されています。かつて回船問屋が軒を連ねた通りは、今も静かな住宅地として掛塚の歴史を伝えています。

県指定文化財、掛塚まつりの屋台と囃子

掛塚地区最大の行事が、天竜川河口の氏神である貴船神社の例祭「掛塚まつり」です。彫刻や金箔をあしらった豪華な屋台が地区を練り歩き、大太鼓・小太鼓・横笛による屋台囃子が奏でられます。屋台には江戸から明治にかけて作られたものも多く、諏訪立川流や名古屋長慶流の彫刻、金糸・銀糸で刺繍された幕など、廻船で栄えた町らしい贅を尽くした装飾が施されています。

この掛塚祭屋台囃子は静岡県の無形民俗文化財に指定されています。南北朝時代、後醍醐天皇の皇子である宗良親王がこの地に立ち寄った際、貴船神社の大祭に出会い、随員の中御門中納言から公卿囃子などが伝えられたのが始まりという言い伝えが残っています。

例年10月に宵祭りと本祭りの2日間で行われますが、具体的な日程や時間は年によって異なります。訪れる場合は、磐田市観光協会や地元の祭り運営団体が発表する最新情報を確認してから出かけるのが確実です。天竜川の河川敷が臨時駐車場として使われることもあります。

現役で灯り続ける掛塚灯台

掛塚地区の海側、竜洋海洋公園から歩いて行ける場所に立つのが掛塚灯台です。もとは明治13年、船の遭難を経験した地元の有志・新井信敬が私費を投じて建てた木造灯台「改心灯台」が始まりでした。その後、国の手による本格的な灯台整備が進み、1897年3月25日に初めて灯がともりました。

現在の灯台が立つ場所へは、海岸浸食や東海地震への備えから2002年に移設されています。塔の高さは16.1メートルで、白い塔形の姿は今も現役で稼働しており、日本に数少ない現役灯台のひとつとされています。光を一定間隔でともしたり消したりしながら、沖合まで届けています。

第三管区海上保安本部清水海上保安部が管理しており、遠州灘を望む眺めのよさから、地元では知る人ぞ知る景観スポットとして親しまれています。掛塚灯台と竜洋海洋公園をあわせて歩けば、掛塚が港町として栄えた歴史と、今も現役で働く海の灯りの両方に触れることができます。

現場メモ:現場メモ

掛塚で物件を探しているお客様からは、掛塚まつりに参加できる地区かどうかを聞かれることがよくあります。屋台を担ぐ町内会の結びつきがそのまま地域のつながりの濃さに表れていて、祭りへの関わり方を気にする方が多い印象です。

一方で、川沿いの古い町並みには空き家も目立ち始めていて、廻船問屋の名残がある大きな家を、これからどう活かすか相談を受けることも増えました。子育て世帯からは、竜洋方面の学区や海への近さを気にする声もよく聞きます。

高齢の売主から、使われなくなった蔵をどう扱うかと相談されることも一度や二度ではありません。更地にして手放すか、直して貸すか。港町として栄えた歴史がある分、家の大きさや造りに愛着を持つ方が多く、簡単には答えが出ない相談だと感じています。

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2026年8月12日時点で確認した情報です。制度・料金・日程は変わることがあります。手続きの前に、必ず公式の最新情報をご確認ください。

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