導入——前回、書かなかったこと
前回、「磐田南に行くことだけが正解だと思っていた」という記事を書きました。わが子や塾の生徒たちを見てきて、その物差しが崩れていった、という話です。
実は、ひとつ書かなかったことがあります。私自身が、磐田南に行った人間です。「磐南だけが正解」という物差しは、外から眺めて信じていたのではありません。その物差しの中で勉強し、合格し、あの校舎に3年間通った上で、身体に染みついていたものでした。
だから今日は、前回より一歩だけ、踏み込んで書きます。結論から言えば、こうです。今の私は、磐田南に行けない。そして、行った結果を知っている今の私は、たぶん、行かない。順番に説明させてください。
「行けない」——今の中学生を見て、正直に思うこと
まず「行けない」のほうから。これは謙遜ではなく、塾の現場での実感です。
いま磐南を目指している中学生たちの勉強を見ていると、率直に言って、当時の私より、はるかによく勉強しています。授業と定期テストだけこなしていればよかった時代と違い、今の子たちは、動画で先取りし、アプリで弱点を潰し、模試のデータで自分の位置を測りながら走っている。情報も道具も揃った分、上位の競争は昔より緻密で、手を抜く余地がありません。
その姿を横で見ていて、思うのです。あの頃の私が今の教室に座ったら、たぶん届かない。私の合格は、私の実力だけでできていたのではなく、時代と運にも支えられていた——大人になって、ようやくそれが分かりました。だからまず、いま挑んでいる子たちには、敬意しかありません。合格しても、届かなくても、あれだけ走ったこと自体が、もう財産です。
「行かない」——あの池で、私は小さな魚だった
次に「行かない」のほう。こちらは、もっと個人的な話です。
中学までの私は、いわゆる「できる子」の側にいました。ところが磐南に入ると、教室の全員が「できる子」です。最初の試験で、私は自分の位置を知りました。前回紹介した「小さな池の大きな魚」効果——同じ学力でも、優秀な集団の中では「自分はできない」と感じやすくなるという教育心理学の知見を、私は言葉を知る何十年も前に、身体で経験していたわけです。
誤解しないでいただきたいのですが、学校が悪いのではありません。先生も仲間も環境も、一級品でした。ただ、あの3年間の私は、「追いつくための勉強」に追われて、「自分は何が得意で、何がやりたいのか」を考える余白を持てなかった。順位表の中の自分の位置が、そのまま自分の価値であるかのように感じていた。15歳から18歳という、いちばん自信を育てるべき時期に、です。
もし私が、あの春に別の学校を選んでいたら。学年の先頭で、生徒会でも部活でも「自分はやれる」という顔で3年間を過ごしていたら。その後の進路も、働き方も、もしかしたら人への接し方さえも、違っていたかもしれない——そう考えることがあります。もちろん、これは答え合わせのできない問いです。別の学校に行った私が、もっとうまくやれた保証など、どこにもない。それでも、「行った結果」を知っている今の私に選び直させたら、名前ではなく、自分という魚に合う池を選ぶと思うのです。
それでも、あの3年間を後悔はしていない
ここまで書くと、「磐南に行って損をした」と言っているように聞こえるかもしれません。違います。
あの教室で出会った仲間は、いまも宝です。「上には上がいる」と15歳で知ったことは、その後の人生で何度も私を謙虚にしてくれました。追いつくための勉強で身についた粘りは、不動産と介護の仕事の底力になっています。行った結果には、失ったものと得たものの両方が入っている。だから私は、後悔はしていません。
それでも「行かない」と書くのは、矛盾ではありません。得たものは認めた上で、あれが唯一の正解だったとは、もう思わないということです。あの春の私には「磐南か、それ以外か」しか見えていなかった。今の私には、道が何本も見える。見えている大人が、見えていなかった頃の選択をもう一度するはずがない——それだけの話です。
結論——「行けない」は恥ではなく、「行かない」は逃げではない
この記事で言いたいことは、二つだけです。
一つ。「行けない」は、恥ではありません。いまの受験を戦っている子どもたちは、かつての私よりずっとよく走っています。届かなかったとしても、それはその子の価値の判定ではない。磐南に行った大人が言うのだから、少しは信じてもらえるでしょうか。
二つ。「行かない」は、逃げではありません。行ける学力があっても、自分に合う池を選ぶのは、立派な戦略です。学年の先頭で3年間を過ごす経験は、真ん中で3年間を過ごす経験と、まったく別のものを子どもに残します。どちらが良いかは、子どもによって違う。だからこそ、「行けるのに行かないなんてもったいない」という大人の一言は、慎重に使ってほしいのです。あの一言は、一本の物差ししか持っていない大人の言葉です。かつての私のような。
最後に一言。学校の名前は、人生の保険にはなりません。私は磐南を出て、いま磐田で小さな不動産屋をやっています。同級生には、大きな会社にいる者も、医者になった者も、まちの商売人になった者もいる。そして、磐南ではない学校から出発して、私よりずっと立派にやっている人を、この磐田で何人も知っています。出発点の校名で決まるものは、思っているより、ずっと少ない。三者面談の夏、机の向こうのわが子に伝えるべきは、「どこに行くか」より「どこへ行っても、そこで最善を尽くせばいい」——前回と同じ結論に、今回は自分の来歴を添えて、もう一度書いておきます。
出典(2026年7月確認)
- 前回記事「磐田南に行くことだけが、正解だと思っていた——わが子と塾の生徒たちに教わったこと」 https://oishi-hiroyuki.org/articles/iwata-oishihiroyuki0085
- 静岡県公式ホームページ「静岡県立磐田南高等学校 全日制」 https://www.pref.shizuoka.jp/kodomokyoiku/school/kyoiku/1003777/1003792/1003784/1003816/1003827/1031656.html
- Marsh, H. W., & Parker, J. W. (1984) による「小さな池の大きな魚」効果(Big-fish–little-pond effect)の研究 https://ja.wikipedia.org/wiki/小さな池の大きな魚効果
※本記事は筆者個人の経験と考えを述べたものです。在校生・受験生・卒業生それぞれの経験を否定する意図はありません。教育心理学の知見には個人差があります。