導入——今朝8時15分に、何が起きていたか

今日は8月6日です。広島の平和記念公園では、午前8時に式典が開き、8時15分に黙とうと平和の鐘、8時16分から平和宣言、8時24分にこども代表の「平和への誓い」、8時50分に閉式。今年の式次第は、そういう順番で組まれていました。

テレビで見た方も多いと思います。私も、朝の8時15分は毎年テレビの前にいます。

ただ、あの会場に、磐田の子どもがいます。

これは比喩ではありません。磐田市は平成22年度から毎年、8月6日の広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式に、市内の子どもを送り続けています。平成22年度は中学生だけ。平成25年度からは小学生も加わりました。

人数は、小学生22名と中学生11名の、合わせて33名。磐田市内の小中学校は33校ありますから、1校につき1人という配り方です。

正直に書くと、私はこの事業を長いあいだ「よくある平和学習の一つ」くらいに思っていました。考えを変えたのは、市が公開している資料を読んでからです。この事業の値打ちは、広島に行くことそのものより、帰ってきたあとに用意されている場所のほうにありました。

まず、事実を整理する

磐田市は、平成21年4月1日に「核兵器廃絶平和都市宣言」を制定し、同じ年の9月に平和首長会議へ加盟しました。広島・長崎の被爆写真パネル展は、宣言より前から続いています。

派遣事業の1年は、8月6日の1泊2日だけでは終わりません。市の資料に載っている令和7年度(戦後80年)の日程を、そのまま並べます。

7月25日、結団式と事前学習会。いきなり広島へ行くのではなく、先に学ぶ日があります。

8月5日から6日、広島派遣。式典への参列に加えて、安田女子中学高等学校の訪問、平和記念公園と原爆資料館の見学、そして第1回全国こども平和サミットへの参加。2日間にこれだけ詰まっています。

8月15日、磐田市平和祈念式。派遣された子どもたちが参列し、代表者が「平和への想い」を発表します。

12月、平和イベントで報告。そして感想文集が作られ、市のサイトでPDFとして公開されます。令和5年度・6年度・7年度の3冊が、いま誰でも読めます。

つまりこの事業は、7月の結団式から12月の報告まで、半年かけて一本の線でつながっている設計です。行って、感じて、言葉にして、人前で話して、記録に残す。ここまでが1セットになっている。

磐田市の広島平和記念式典小中学生派遣事業の一年の流れを、五つの段階で示した図。第一段階は7月25日の結団式と事前学習会で、行く前に学ぶ日を置いている。第二段階は8月5日から6日の広島派遣で、式典への参列、安田女子中学高等学校の訪問、平和記念公園と原爆資料館の見学、第1回全国こども平和サミットへの参加を行う。第三段階は8月15日の磐田市平和祈念式で、派遣された子どもが参列し代表者が平和への想いを発表する。第四段階は12月の平和イベントでの報告。第五段階は感想文集の発行で、市のサイトに令和5年度・6年度・7年度の3冊がPDFで公開されている。日程はいずれも令和7年度の実績。
図1 派遣事業の1年(令和7年度の日程。市の公表資料から作成)

去年の8月15日に、代表の中学生が読み上げた原稿も公開されています。そこにこんな一節がありました。

広島のこども平和サミットで聞いて印象に残った言葉として、「いのる平和からつくる平和へ」。そして、「平和を願う気持ちを持つことに加えて、これからは行動に移すことも意識し」と続きます。

中学生の作文です。けれど、これは大人が書く挨拶文より、はるかに具体的なことを言っています。祈るのは無料で、つくるのは手間がかかる。その差を、行った子は分かって帰ってきた。

被爆桜——磐田の12校と、かぶと塚公園に立っています

この事業には、あまり知られていない副産物があります。被爆桜です。

市の資料によると、経緯はこうです。昭和20年8月6日、爆心地から2.1キロの場所で、1本の桜が被爆しました。当時そこは工兵隊の兵舎で、のちに、より爆心地に近い場所で大きな被害を受けた安田女子高等学校が移転してきたため、いまはその校庭に立っています。

ソメイヨシノの寿命は60年から80年といわれます。広島市が認定する被爆桜は、平成31年4月時点で4本だけ。同校は平成19年から、生徒会などが中心になって接ぎ木で作った苗木を全国の学校に送る活動を始めました。

磐田市が中学生派遣を始めた平成22年度、平和記念公園で偶然話をした生徒さんとの交流がきっかけで、苗木をいただきました。それを市内の中学校8校と、かぶと塚公園(磐田市総合体育館の東側)に植えています。

平成25年度から小学生も派遣するようになり、安田女子高等学校を訪ねたことから、市内の小学校4校にも新たに苗木が送られ、植樹されました。

足すと市内12校+かぶと塚公園広島で被爆した桜の子孫が、磐田の校庭に13本立っているということです。

私はこれを知って、正直、驚きました。自分の子どもが通った学校の桜が、そういう桜だとは知らなかった。春に見上げたことは何度もあるのに、です。

時間のほうは、待ってくれません

この事業をどう評価するかを書く前に、数字を一つ置きます。

被爆者健康手帳を持つ方の数です。厚生労働省がまとめている推移によると、令和7年度末(2026年3月末)で91,105人。前の年、令和6年度末は99,130人でした。1年で8,025人減っています。

去年の夏、初めて10万人を割ったことが大きく報じられました。その翌年に、さらに8千人。平均年齢は86.66歳です。

もう少し離れて見ると、線の傾きがよく分かります。令和元年度末は136,682人。7年で45,577人減りました。3人に1人がいなくなった計算です。

被爆者健康手帳を持つ人の数の推移を示した横棒グラフ。厚生労働省の公表数値による年度末の人数で、令和元年度末13万6682人、令和2年度末12万7755人、令和3年度末11万8935人、令和4年度末11万3649人、令和5年度末10万6825人、令和6年度末9万9130人、令和7年度末9万1105人。令和6年度末に初めて10万人を割り、令和7年度末はそこからさらに8025人減った。令和元年度末から令和7年度末までの7年間で4万5577人の減少。平均年齢は令和7年度末で86.66歳。
図2 被爆者健康手帳を持つ人の数(各年度末。厚生労働省の公表資料から作成)

この記事で私が言いたいのは、「だから急げ」という精神論ではありません。

体験を直接聞ける期間には、はっきりした終わりがあるということです。その先は、聞いた人が話す時代になります。いま広島に行っている33人は、まさにその「聞いた人」を作る作業です。

評価——良い点を三つ

注文の前に、いいところを挙げます。

1つ、「33校から1人ずつ」という配り方。

これは地味ですが、よく考えられています。希望者から選抜して30人送るのと、33校から1人ずつ送るのとでは、帰ってきたあとの効き方がまるで違います。前者だと、その子の学校に報告する仲間がいない。後者だと、市内のどの小中学校にも「広島に行った子」が必ず1人いることになります。全校集会でも、教室でも、その子が話せる。33人を送って、市内の全児童生徒に届く形にしてある。

2つ、帰ってきたあとの出口が、複数用意されていること。

8月15日の平和祈念式で発表する。12月のイベントで報告する。感想文集に書く。出口が3つあります。人前で話すのが得意な子も、書くほうが得意な子もいる。どちらの子も、自分に合った形で外に出せる。行事を1回やって終わりにしていない設計です。

3つ、記録を公開していること。

感想文集はPDFで市のサイトに載っています。令和5年度、6年度、7年度の3冊。広報いわたの9月号の該当ページも、3年分がPDFで置いてあります。8月15日の「平和への想い」の全文も同じです。

行政の事業は、やったあとの記録が内部にしまわれて終わることが多い。ここは、市民が家から読めます。私がこの記事を書けたのも、それらを読めたからです。

注文——三つ

1つ。今年の日程を、今年のうちにサイトへ載せてほしい。

これを書いている今日、市の「広島平和記念式典小中学生派遣事業」のページの更新日は2025年9月18日です。載っている日程は令和7年度のもので、令和8年度——つまり今年——の記述はありません。

事業は平成22年度から毎年続いていますから、今年も行われていると考えるのが自然です。けれど「市のページに書いてあるか」と「実際に行われているか」は別の話で、私は前者しか確認できません。

今日という日に、市民が「磐田の子は広島に行っているのかな」と検索して、去年の日程が出てくる。これは、もったいない。結団式の日付を1行足すだけでいい。手間で言えば数分の作業です。

2つ。被爆桜が「どこの何本か」を、1ページにまとめて出してほしい。

被爆桜の由来を書いたPDFは公開されています。ただし参考資料の扱いで、しかも作成が令和元年度。中学校8校・小学校4校とありますが、校名は書かれていません。

これは残念です。校名と植樹年、いまの状態を並べた1ページがあれば、あの桜はまったく違うものになります。卒業生が見に行ける。近所の人が花見のついでに立ち寄れる。「うちの学校のあれが、そうだったのか」と気づく人が出る。

植えて15年前後です。樹木は枯れることも、工事で移すこともあります。現況を一度確認して記録に残す作業は、遅くなるほど難しくなります。

3つ。感想文集を、読まれる形にしてほしい。

令和7年度の感想文集は約700キロバイト、令和5年度は9.2メガバイト。いずれも縦書きのPDFです。スマホで開くと、拡大と横スクロールの繰り返しになります。

中身は、はっきり言っていいものです。それだけに、読まれないのはもったいない。抜粋でいいので、ふつうのウェブページとして数編を載せてほしい。検索にも引っかかるようになります。子どもが1年かけて書いたものを、読まれる形で置く。それだけのことです。

結論——予算の話ではなく、置き場所の話です

提案をまとめます。第一に、今年の日程をサイトに。第二に、被爆桜の所在地一覧を。第三に、感想文集を読める形に。

三つとも、新しいお金がほとんどかからない注文です。派遣そのものを増やせとも、豪華にしろとも書いていません。すでにやっていることの記録を、市民の側から見える場所に置いてほしいという話です。

そして読者の方に一つ。8月15日の土曜日、磐田市平和祈念式があります。会場は市民文化会館「かたりあ」のホール。開場は午前9時、開式は午前10時、11時30分の閉式予定。入場は無料で、一般の方が入れます。

そこで、今日広島にいた子の代表が、自分の言葉で発表します。去年の原稿を読んだ限り、聞く価値のある9分間だと思います。

最後に一言。私は不動産の仕事で、実家じまいや遺品整理の場に立ち会います。戦争のものは、驚くほどよく出てきます。軍隊手帳、日付だけ書かれた日誌、名前の分からない集合写真、勲章の箱。

そして、そのほとんどが処分されます。持ち主だった方はもう話せず、残された家族には来歴が分からない。「誰の何か分からないものは、捨てるしかない」——これは責められません。私も同じ立場なら同じことをします。

体験は、聞かれなければ消えます。被爆者は1年で8千人減りました。磐田の家の中でも、同じ速さで別の記憶が捨てられています。

だから私は、この派遣事業を「聞く人を毎年33人ずつ作っている事業」だと理解しています。行った子が、家に帰って祖父母に何か聞くかもしれない。それは、広島で聞いた話と同じくらい大事なことです。

祈る平和から、つくる平和へ。去年の中学生が引いてきた言葉です。つくるほうは、記録に残すという地味な作業から始まります。市にできることも、私たちが家でできることも、そこは同じだと思っています。

出典(2026年8月確認)

  • 磐田市「広島平和記念式典小中学生派遣事業」(総務部 総務課 総務グループ。電話0538-37-4803。更新日2025年9月18日。平成21年4月1日に「核兵器廃絶平和都市宣言」を制定、同年9月に平和首長会議へ加盟。平成22年度から中学生、平成25年度から小学生も派遣。令和7年度の日程=7月25日結団式・事前学習会、8月5〜6日広島派遣〈式典参列、安田女子中学高等学校訪問、平和記念公園と原爆資料館見学、第1回全国こども平和サミット参加〉、8月15日磐田市平和祈念式で代表者が「平和への想い」を発表、12月に戦後80年平和イベントで報告予定。感想文集は令和5・6・7年度の3冊、広報いわた9月号の掲載記事も3年分をPDFで公開) https://www.city.iwata.shizuoka.jp/kosodate_kyouiku/shougakkou_cfuugakkou/1007410/1007411.html
  • 磐田市「平和事業」(派遣人数=中学生11名と小学生22名の計33名。平和標語コンテスト、平和啓発ブック、被爆桜の各ページへのリンクを掲載) https://www.city.iwata.shizuoka.jp/shiseijouhou/1015234/index.html
  • 磐田市「被爆桜について」(参考資料、市の総務課・令和元年度作成のPDF。昭和20年8月6日に爆心地から2.1キロの地点で被爆した桜が安田女子高等学校の校庭にあること、ソメイヨシノの寿命は60〜80年で広島市が認定する被爆桜は平成31年4月現在4本のみであること、同校が平成19年から生徒会などを中心に全国の学校へ接ぎ木の苗木を送っていること、磐田市は平成22年度の中学生派遣を機に苗木を受け、市内中学校8校とかぶと塚公園〈磐田市総合体育館東側〉に植樹したこと、平成25年度からの小学生派遣・同校訪問を機に市内の小学校4校へも苗木が送られ植樹したこと) https://www.city.iwata.shizuoka.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/007/411/hibakuzakura.pdf
  • 磐田市「平和への想い(令和7年8月15日)」(磐田市平和祈念式での派遣児童生徒代表の発表原稿全文。「いのる平和からつくる平和へ」「平和を願う気持ちを持つことに加えて、これからは行動に移すことも意識し」等) https://www.city.iwata.shizuoka.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/007/411/R7omoi.pdf
  • 磐田市「感想文集(令和7年度)」(広島平和記念式典小中学生派遣事業の感想文集。PDF 698.6KB) https://www.city.iwata.shizuoka.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/007/411/R7kannsoubun.pdf
  • 磐田市「平和標語コンテスト」(令和7年度=戦後80年。応募総数490点、最優秀賞1点・優秀賞3点・佳作12点。担当=総務部総務課総務グループ 電話0538-37-4803) https://www.city.iwata.shizuoka.jp/shiseijouhou/1015234/1015245.html
  • 磐田市民文化会館「かたりあ」催し物案内「磐田市平和祈念式」(令和8年8月15日〈土〉、開場9時00分・開式10時00分・閉式11時30分予定、かたりあホール、入場無料。主催=磐田市。問合せ=市の福祉担当課 電話0538-37-4814) https://www.kataria.jp/event/4735
  • 広島市「令和8年(2026年)平和記念式典(広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式)」(2026年8月6日〈木〉午前8時開式・8時50分閉式予定、平和記念公園。式次第=8時00分原爆死没者名簿奉納、8時08分献花、8時15分黙とう・平和の鐘、8時16分平和宣言、放鳩、8時24分「平和への誓い」、8時46分ひろしま平和の歌。メイン会場約7,000席、広島国際会議場のサブ会場約2,200席) https://www.city.hiroshima.lg.jp/atomicbomb-peace/peace-ceremony/1021111/1049876.html
  • 厚生労働省「被爆者(被爆者健康手帳所持者)数の推移」(各年度末の人数。令和元年136,682人、令和2年127,755人、令和3年118,935人、令和4年113,649人、令和5年106,825人、令和6年99,130人、令和7年91,105人) https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_26532.html
  • 日本経済新聞「被爆者は9万1000人、平均年齢86.66歳 厚生労働省まとめ」(2026年7月報道。平均年齢86.66歳) https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUF0199C0R00C26A7000000/

※本記事で紹介した派遣事業の日程・行程は、磐田市が公表している令和7年度(2025年度)の実績です。令和8年度(2026年度)の日程は、本記事の執筆時点で市のページに掲載されていないため、今年の実施内容については確認できていません。被爆桜の植樹校数は市の参考資料(令和元年度作成)に基づく数値で、現在の樹木の状況は確認していません。行事の日程・会場・時間は変更される場合があります。最新の情報は磐田市および各主催者の公式ページでご確認ください。