導入——「え、そんな補助金あるんですか」

中古住宅の商談で、お客様にこの制度の話をすると、たいてい同じ反応が返ってきます。「え、そんな補助金あるんですか」。磐田市の「既存住宅取得等事業費補助金」。条件が合えば、市外から越してくる若者・子育て世帯で最大150万円。決して小さな金額ではないのに、知られていない。

不動産屋としては、ありがたい制度です。正直に言えば、商売の追い風でもあります。だからこそ今日は、あえて距離を置いて書きたい。この補助金は「空き家を減らす仕組み」としては、よくできています。しかし「人口を増やす一手」として期待するなら、話は別だと、現場にいる私は思うのです。

磐田市の既存住宅取得等事業費補助金の仕組みをまとめた図。対象住宅は人が住んだことがあり、現に使用していないか3か月以内に使用しなくなる戸建て、つまり空き家。若者世帯(全員39歳以下)または子育て世帯(中学生以下の子どもが同居)は、市外からの転居で上限150万円、市内転居等で上限100万円。それ以外の世帯はリフォーム費のみで上限50万円。補助対象は建物購入費の10分の1、リフォーム工事費の2分の1、除却費の2分の1。主な条件として、10年間の居住見込み、自治会への加入、市税の滞納がないこと、昭和56年5月末以前の建築は耐震性能基準を満たすこと。予算の範囲内で交付。
図1 既存住宅取得等事業費補助金の仕組み(磐田市公表資料から作成)

まず、事実を整理する

制度の中身を見てみましょう。対象になる「既存住宅」は、人が住んだことがあり、いまは使われていない(または3か月以内に使われなくなる)戸建て——ひらたく言えば空き家、あるいは空き家になりかけの家です。

補助額は、世帯全員が39歳以下の「若者世帯」か、中学生以下の子どもが同居する「子育て世帯」なら、世帯全員が1年以上市外に住んでいた転入者で上限150万円、市内転居などなら上限100万円。それ以外の世帯はリフォーム工事費のみ対象で上限50万円。内訳は、建物購入費の1/10、リフォーム工事費の1/2、除却費の1/2の組み合わせです。10年間住み続ける見込みがあること、自治会に加入すること、市税の滞納がないこと、旧耐震の家なら耐震性能を満たすことが条件で、予算の範囲内での交付です。

一方、磐田の人口の現実も見ておきます。令和8年6月末の磐田市の人口は163,321人。その6月のひと月だけで、出生88人に対して死亡156人、転入446人に対して転出560人。生まれる数より亡くなる数が多く、入ってくる人より出ていく人が多い。これが、いまの磐田の基調です。

そして忘れてはいけないのは、この種の補助を出しているのは磐田だけではないということです。袋井にも掛川にも浜松にも、移住者向け・子育て世帯向けの住宅補助や支援金があります。静岡県の移住ポータルサイトを開けば、県内の市町がずらりと支援メニューを並べて、移住者を待っています。

評価——良い点と、注文したい点

まず、制度設計として良い点を3つ挙げます。

1つ、新築ではなく、空き家に限定していること。新築への補助はまちの外縁に家を増やしますが、この制度は「すでにある家」に人を入れる。空き家の記事を何本も書いてきた立場から言えば、住宅ストックの循環を促す方向は正しい。2つ、リフォーム費の1/2という設計は、工事の仕事が地元の工務店に落ちること。3つ、10年居住の見込みと自治会加入を条件にして、「もらって転出」を防ぐ定着の仕掛けがあることです。

そのうえで、これを「人口を増やす一手」として見たときの注文を、3つ書きます。

1つ。転入補助は、構造的に「隣のまちからの引き抜き」にしかなりにくいことです。150万円をもらって磐田に来る世帯の多くは、東京から来るのではありません。現場の感覚で言えば、通勤圏の中で家を探している人——つまり袋井や浜松や掛川と磐田を天秤にかけている人です。磐田が150万円を出し、隣も同種の補助を出す。この競争で誰かが転入すれば、隣のまちでは同じ数だけ転出が増える。遠州全体で見れば、人は一人も増えていない。自治体同士が税金で人を取り合う、消耗戦の構図です。

2つ。「もともと買う人」に上乗せされるだけ、という側面です。150万円で住むまちを変える人は、正直、多くありません。商談の順番は逆で、職場や実家や学区でまちを決めた人が、あとから「補助金もあるんですか、ラッキー」と受け取っていく。経済の言葉で言えば死重(デッドウェイト)——補助が無くても起きたはずの取引に、税金が上乗せされる部分が、この種の補助には必ずあります。売る側が補助金を見込んで値段を強気にする、という現象も、現場では起こり得ます。

3つ。効果が検証されているのか、外から見えないことです。年に何件交付され、うち何世帯が市外からの転入で、その世帯は10年後も磐田にいるのか。この数字が公表されなければ、「空き家対策として効いた」のか「人口対策として効いた」のか、誰にも評価できません。私が確認した範囲では、市の案内ページに交付実績の記載は見当たりませんでした。

磐田の人口の現実と補助金の取り合いの構図をまとめた図。磐田市の人口は令和8年6月末で163,321人。同月のひと月で出生88人に対し死亡156人と自然減68人、転入446人に対し転出560人と社会減114人。一方、移住者向けの住宅補助や支援金は磐田だけでなく袋井・掛川・浜松など近隣市にもあり、静岡県の移住ポータルには県内市町の支援メニューが並ぶ。通勤圏の中で家を探す世帯を補助金で取り合っても、遠州全体の人口は増えないという構図を示している。
図2 磐田の人口の現実と、補助金の「取り合い」の構図(磐田市統計・静岡県移住ポータルから作成)

対案・結論——「人口を買う」のではなく、「選ばれる理由」をつくる

誤解のないように書きますが、私はこの補助金の廃止を求めているのではありません。空き家を減らす仕組みとしては続けてほしい。求めたいのは、位置づけと運用の正直さです。3つ提案します。

第一に、この制度の目的を「空き家の削減」と正直に位置づけ、成果もそこで測ること。「転入世帯数」を成果として誇るなら、それは隣のまちの転出数です。測るべきは、この制度で空き家が何戸、住まいに戻ったか。効果の物差しを間違えると、制度の評価も間違えます。

第二に、交付実績の毎年度公表。件数、金額、転入・市内の内訳、対象になった家の築年数。1ページで足りる情報です。税金で行う以上、「効いているのか」を市民が確かめられる形にしてほしい。

第三に、取り合いから降りて、広域で組むこと。磐田・袋井・掛川が互いの住民を補助金で引き抜き合っても、遠州は豊かになりません。照準を合わせるべきは、東京圏や県外からの転入です。就労や住まいの情報をまとめて発信するのは、一市より広域のほうが明らかに強い。競うのではなく、束になる場面だと思います。

そして根本のところで言えば、人がまちを選ぶ理由は、150万円ではありません。学童に入れるか。学校はどうか。買い物と病院に困らないか。この連載で書いてきた一つひとつの「暮らしの基盤」こそが、選ばれる理由をつくります。補助金は最後のひと押しにはなっても、理由そのものにはならないのです。

最後に一言。不動産屋として、この補助金で商談がまとまれば、私も嬉しい。それでも書いておきます。150万円で人は動きません。動くのは、もう磐田に決めた人です。だからこそ市には、「決めてもらえるまち」をつくる仕事のほうを、太くやってほしいのです。

出典(2026年7月確認)

  • 磐田市「既存住宅取得等事業費補助金」 https://www.city.iwata.shizuoka.jp/kurashi_tetsuzuki/juutaku_pet_seikatsu/juutaku/1001513.html
  • 磐田市「磐田市の人口 令和8年度」(令和8年6月末現在) https://www.city.iwata.shizuoka.jp/shiseijouhou/profile/toukei/1005583.html
  • 静岡県公式 移住・定住情報サイト「ゆとりすと静岡」 https://iju.pref.shizuoka.jp/

※補助金の要件・金額は変更される場合があります。最新情報は各公式サイトでご確認ください。